数あるベンチャー企業の中でSAGOJO「清水一貴」という名前を見かけたら

僕が同級生の「清水一貴」に会いに行った理由

「あ、清水だ!」
約数年ぶりに中学の同級生の名前を見かけたのはYahooニュースだった。

「偏差値27だった大学生が、四ヶ月でTOEICスコア測定不能から865点まで伸ばした話」http://storys.jp/story/7152
という清水が書いた文章がネット上でバズリ、Yahooニュースにまで載ったのだ。

私は驚いた。

あの清水がTOEIC865点だって!

私の知っている限り、清水はそんなに勉強ができる生徒ではなかった。
中学3年生にしてBE動詞すらわからなかったのだ。
高校もわりと偏差値の低い学校に進んでいた。
正直言うと、大学もそんなに有名なところではない。

しかし、そんな清水が東大合格レベルのTOEIC865点である。

その後、清水は大学を卒業して、23歳の若さで起業したという。

中学の頃は全く勉強ができず、正直、周囲から落ちこぼれと見られていた彼も、今や起業家である。

私はその時、清水に会いに行きたいと思った。

私たちは今24歳だ。
中学を卒業してからどんな人生を歩んだのかちゃんと聞いてみたいと思ったのだ。

人生で一番大切にしていたものを失って決意したこと

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久々に会う清水は昔に比べて、スキッとしていた。
あたかもベンチャー起業家という風貌だ。

フェイスブックを通じて、ある程度知ってはいたが、大学時代に清水は
本気でボクサーを目指していたという。

ボクシングのプロテストに申し込んでもいた。
しかし、19歳の時、体に悪いスポーツを一生かけて続けるのはどうなのか?
と自問したらしい。

小学生の頃から体が弱かった清水……
親には大変、心配をかけていたという。
中学の頃も全く勉強についていけず、落ちこぼれていた。

そんな彼が、高校の時に出会ったのがボクシングだったのだ。
周囲とうまく折り合いをつけることが苦手だった青年は、
単独でも勝負できるボクシングの世界にハマっていった。

ボクシングを一生の仕事にしようとも思った。

しかし、清水は19歳の時に突然、ボクシングをやめる決意をする。
もともと自分の体のことで両親に迷惑をかけていたので、
体を傷つけるスポーツを続けることができなかったのかもしれない。

結局、清水は大切にしていたボクシングを手放す決断をした。
それは2週間後にプロテストを控えたタイミングだった。

ボクシングを辞めた清水はその後、抜け殻になる。
1日の大変をボクシングに費やしていたがそれがなくなり、暇な時間だけが残ったのだ。
それをどう使っていいかわからなかった。
ボクシング以上にやりたいことなどなかった……見つかる気もしなかったのだ。

使い道のわからない膨大な時間を持て余し、そのうち清水は1日の大半を眠ってすごすようになった。

清水は生きる意味も見失い、次第に「死んでしまおうか」と本気で考える瞬間が増えてきたという。

何かしなければいけない。このままの状態が続けばいずれ自分は死んでしまう。
そんな状況で、清水はあることを思いつく。

やりたいことがないなら、今自分の一番苦手なことにチャレンジしてみるのはどうか?
それを克服し自信がついたら、将来何かやりたいことが見つかった時に、リスクをのんでチャレンジできる可能性が高まるのではないか?
そう清水は考えたのだった。

偏差値27からTOEIC865点への道のり

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清水が一番苦手だったもの……それは英語だった。
もともと勉強が得意なタイプではなかったが、英語は輪をかけてひどく、中学の時は模試で偏差値27を出したこともあった。
その後も相変わらず英語はまったくできなかったらしく、大学は試験で英語の配点がないところをわざわざ選んでいたそうだ。

英語を勉強しようとおもった時点でもbe動詞の意味すら、まだわかっていなかったという。
そんな清水が英語を克服するためにたてた目標は、TOEICで800点をとることだった。

目標を決めて清水がまずやったことは、今の自分の実力を把握することだ。
早速TOEICの模試を買ってきて取り組んでみたが、問題の答えどころか英語で書かれている問題文にすら、ほとんどわかる単語がなかった。

今まで全く勉強をしてこなかった清水はそもそも勉強の仕方がわからなかった。
そこで図書館に足を運び、脳科学や教育学などの本を手当たり次第に読んだり、ネット上でTOEICの高得点をとった人のブログなどを見ながら
効率の良い勉強法を研究していった。

勉強法と計画がまとまってからは、あとはひたすらその方法と計画を実行した。
睡眠や食事、入浴など、生活する上での最低限の時間を洗い出して、それ以外は全て勉強に費やすという生活を4ヶ月続けた。

試験1月前は睡眠時間も削り、勉強時間は1日20時間近くになったという。

睡眠は1日3時間ほどで日中は激しい眠気に襲われたため、真冬にも関わらず冷水を張ったバケツに足を入れて勉強することもあった。

最初はほとんど内容のわからない文章や音声を一日中聞き続けるのは大きなストレスになり、頭痛が止まらなかったり、精神的にも参ってしまうこともあった。

しかし、清水は諦めなかった。
もし、ここで諦めてしまえば、また憂鬱な日々を過ごすことになる。
そうなればもう生きていける自信がなかった。
彼にとって、苦手な英語を克服することは生死を分けた戦いだったのだ。

周囲の友達は彼を笑ったという。
あの落ちこぼれの清水が「TOEICで800点を取る!」と宣言してきたのだ。
誰だって笑うだろう。

しかし、彼は負けなかった。
むしろそういう話を聞くたびに、より一層勉強する時間を増やし、毎日英語の勉強を続けた。

英語の勉強を始めて4ヶ月後、TOEICから通達がきた。

なんと865点である!

本人も驚いたらしい。

目標にしていた800点を大きく超えていたのだ。

自信を取り戻した清水が次に挑んだこと

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TOEIC865点という目標を達成すると、ボクシングをやめたときと同じように、また暇な時間ができてしまった。
しかしボクシングを諦めて一度どん底に落ち、自分の一番苦手なものを克服するという方法で這い上がってきた経験は清水の大きな自信となっていた。

あんな最悪の状況と、人生で一番苦手なものを同時に克服できたんだ。
本気で取り組めばきっと自分はなんだってできる!

心からそう思えた時、今まで考えても見なかったことにチャレンジしてみたくなった。

「昔から、自分の考えや行動が、周囲と噛み合わなくて生きづらさを感じていた。特に自分が大事だと思ったり、価値があると思ってることを周りに認めてもらえないのがすごく辛かった」

「でも、どうしても自分を変えて周りに合わすことはできなかった。
自分の好きなもの、興味があるもの、それがきちんと認められるように周囲や
社会を変えようと思ったんだ」

その頃から清水は漠然とだが、起業という手段を意識するようになる。

きっかけや理由ははっきりとは覚えていない。
だが、当時はGoogleやFacebookなどが急成長し、テクノロジーとアイディアで世界を大きく変えていた。

そんなITベンチャーを見て、起業という選択肢が自分にもあるように思えたのだ。
世の中を変えるという自分のやりたいことを実現するのに、起業することが
最適だと思ったのかもしれない。

そして2015年の12月に会社を作り、2016年の4月にサービスをリリースした。
それがすごい旅人求人サイト「SAGOJO」だ。

シゴトのイメージを変えたい

SAGOJOは旅人だからできる、旅しながらだからこそ価値がでる仕事を集めた旅人向けの求人サイトだ。
このサービスには企業や自治体からの「海外の写真をとってきてほしい」
「地方のスポットを取材した記事を書いてほしい」といった仕事が集まってくる。

清水はこのサービスで、仕事を楽しめる人を増やしたいという。

「仕事が楽しくなる要素の一つとして、自由度があると思う。
SAGOJOで旅人という職業を新たに生み出し、何を仕事にするか、どこで仕事をするかという部分で仕事の自由度を増やしたい」

「自分自身、今までやってきた仕事ではすごく良い経験ができて楽しかった。
でも自分の周りには楽しくないという人の方が多かったし、そんな人に仕事が楽しいという話をすると色眼鏡で見られることも多かった。楽しく仕事することが当たり前になる世界を作りたい!」

新卒で入社した会社を半年で退職し、他の創業メンバーより半年近く早くからフルコミットで働いた。22歳の時だった。

もちろん報酬は出なかったので、生活するためにお金を借りたり、治験のアルバイトなどもしたという。

そうしてできたSAGOJOは、事前登録だけで3000人以上の旅人が登録し、あちこちのメディアでとりあげられるサービスになった.

24歳若手起業家の今

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サービスをリリースして9ヶ月、清水は自分の理想を実現するため、仲間とともに日々奮闘している。
起業というステージにおいても、彼は自分の持ち味をうまく活かしている。

実は立ち上げからしばらく、SAGOJOにはフルタイムのエンジニアがいなかった。
週末や平日の夜などには手伝ってもらっていたが、それではリリースまでにかなりの時間がかかってしまったという。

そこで清水は経営やサービスの企画の合間に独学でプログラミングを勉強していく。清水はもともとプログラムを書いた経験は全くなかった。

本人は「手伝ってくれていたエンジニアが丁寧に教えてくれたおかげだ」
と言うが、それにしても4ヶ月という驚異的な早さでプログラムを作っていった。

会社を作り運営していく上での考え方も独特だ。
多くの人は他社の成功例を参考にしがちだが、清水は逆に失敗例に注目することが大事だという。

ベンチャー企業は、3年以内に90%が倒産してしまうという話がある。
逆に言えば3年以上生き残ることができればそれだけで競合に勝てる可能性はぐっと高まる。
会社が倒産する原因を詳しく分析してそのリスクを回避することが大事なのだと彼は考えた。

彼は失敗例をwebの記事だったり、下記のような本から学んだという。
「Hard Things」
「不格好経営」
「社長失格」

高学歴の優秀な人に混じって、彼は必死にプログラミングを学んでいく。
正直、清水の学歴は大したことがない。
しかし、自分の力で目の前の壁を乗り越えていく。
いろんな人に助けられながらも、自分の力でどのような困難も乗り越えていく。
自分の頭で考え、肩書きに縛られることなく乗り越えていくのだ。

もし、web系のベンチャー企業に勤めている人で、SAGOJO「清水一貴」という名前を見かけたら、気にかけてみてほしい。

ベンチャー企業に渦巻く優秀なエリート層にまじっても、自分の力で彼は道を切り開いていくだろう。

数年後、きっとあの「清水一貴」を紹介したのは自分だと自慢したくなる。

そんな男なのだ、「清水一貴」という男は。

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WRITERこの記事を書いた人

kikuchan

6月9日(ロックな日)生まれ。 映像制作会社勤務。TSUTAYAから年賀状が届くほどの映画マニア。年間350本の映画鑑賞。 「映画ばかり見てないで、勉強しなさい」と言われて育つ。 学生時代は映画の新人賞受賞。文学だけでなく、あらゆる本を読むようにしてます。 好きな本:『竜馬がゆく』『スティーブ・ジョブズ』 趣味:座禅