数多、「成功する本」や「仕事術」などのビジネス本が存在する。
どうすれば上手くいくのか、金持ちになれるのかと様々な成功論を語ってくれる。
もちろん、良書も多く存在するのだが中にはいまいちピンと来ない本もある。
お利口さんが書いたエリート成功論なんて、その極めつけだ。
私達はそんなぬるい情報が知りたいんじゃない。
アウトロー……今こそアウトローの流儀が知りたいんだ。
レールの上に敷かれた一般論などは無視してしまえ。
知りたいのは、常識にとらわれないユニークな視点だ。
本企画「アウトローに聞け」では、いわゆる新卒サラリーマン勤めの会社員では経験できないような修羅場をくぐってきた”アウトローの視点”を聞く。
現代社会の無法者たちは、どんな世界を見てきたのだろうか。
第一回目の人物は、統合失調症を抱えながら作家として活躍する佐久本庸介。
一度大きな病にかかったら復帰は難しいとされる日本社会で、佐久本は作家という職業を選択した。どうやって統合失調症と向き合ったのか、なぜ作家を目指したのか。その心境を、佐久本が語った。
-Profile 佐久本庸介-
山梨県甲府市出身、在住。19歳で統合失調症を発症。闘病を続けながら創作活動を行う。第1回CRUNCH NOVELS新人賞で大賞を受賞。2015年、『青春ロボット』にて作家デビュー。
19歳 統合失調症 発症

-佐久本さん自身、19歳で統合失調症になったとプロフィールに書いていますが、いきなり発症したのでしょうか?
「いやぁ、徐々にって感じです。その頃のことを話すのは結構ためらわれることでもあるんですけれども。幻聴なんかも聞こえるわけで、気づいてから2ヶ月以上は、そこらを歩き回ったり、自転車で駆けまわったりしていました」
-統合失調症が発症してから決定的に変わったことはなんでしょうか?
「周りが変わったというより、自分そのものが変わってしまったというか。健康だった頃の自分のメンタルを思い出せなくなりました。常にモヤを抱えているのが普通になって、ふとしたことですぐ疲れてしまう。体調の面で変化がありました。前はもっと、アクティブとまではいかなくとも、頑丈だったはずで。やっぱり、自分の変化が一番大きいんじゃないかって思います。
自分と関わっている人がそんなに多くいなかったのもあり、ほんとに新しい世界で生きるようになった感じです」
-ずばりお伺いします。統合失調症になったときの心境は?
「僕はそんなに立ち直るのが早いたちではないんです。
ドン底のときはドン底だし、もうどうやって生きていけばいいか分からないぐらいに思うわけです。でもどこかで立ち上がろうっていうか、前向きになろうって気持ちは安定してくると出てきます。
例えば、退院して、毎日具合が悪い中デイケアにも通って、絵を書くけれど手も震えているし、『なんか変だぞ。以前描いてたときより全然ダメだぞ』みたいなことにもなったりして総合的にステータスが下がっている。身体能力も明らかに下がっている。それでもやっぱり、先の事は心配だし、今を生きてない自分がすごく悔しい。何かをやりたいと思いつつ、結局何も成せずにいました。
でも、何かをやりたいって気持ちは継続していて、徐々に回復していくにつれて、やれることも増えてきて。
一気にガッと立ち直ったわけではなくて、デイケアに通っていると、例えばスタッフの方とも話すし、利用者の方のおじいさんぐらいの人とも話したりするわけで、そういう緩やかな流れの中で立ち直ったという感じがしますね」
生き急ぐことは、そんなに大切か。

-自己啓発書なんかで「いまの自分から変わらなきゃ!」と、短期間で己を奮い立たせる教訓が目立つ気がします。しかし、佐久本さんは”時間をかけて環境を整えていくことが大切”だと仰っていますよね。
「やっぱり、急になんとかしようと思っても難しいと思います。
何か作品を作るにしても、今やろうと思ってガーッとやれる人はすごいと思うんですけど、例えば、本を読んでなくて、書いたこともない人がすぐに物語なんて書けないじゃないですか。緩やかに自分の中で色々溜めていったものを、今も書いてるわけで。小説家というとちょっと偉そうに聞こえるかもしれないけど、何かしら積み重ねで行動するとは思うんですよね。だから、すぐに何でもできる人だったら苦労しないけど、普通はゆっくり始める方がいいと思います」
-今の日本にはあまりそういう考え方はないですよね。ドロップアウトしたらすぐに復帰を促されたり。
「僕なんかは、色んな方に助けて頂きました。
なかなか上手くいく状況に置かれてない人もいると思うんですけど、そうやって『一気にやれ』でなくて、ゆっくり立て直していく機会みたいなのがあればいいなと思います。
何かをやっていても、何かやらなきゃって思っちゃうことってありませんか?
今を生き急ぐ感じです。でも、本当は焦らない方がいい。
実際のところ、焦っても実を結ばないから、自分のペースを保つのが一番大事だったりもする」
-切羽詰まっていて、八方塞がりの人がいるとします。佐久本さんは「焦らないで」とアドバイスされますか?
「はい、そうですね。たぶん、言いますね。
お金に切迫してるんだったら逆に言えなくなっちゃうけど。体調的には絶対焦ると良くないから言うと思います」
転機。アビリンピックへ出場。

-心が落ち着いた後に、何か社会復帰するきっかけはあったのでしょうか?
「アビリンピックという大会へ出場したことは大きかったです。
仕事仲間に勧められて、大会に出場することを決めました。
アビリンピック:障害のある方々が、日頃培った技能を互いに競い合うことにより、その職業能力の向上を図るとともに、企業や社会一般の人々に障害のある方々に対する理解と認識を深めてもらい、その雇用の促進を図ることを目的として開催しています。アビリンピック公式HPより
僕の場合は、ホームページ制作部門でのエントリーでした。
HTMLとか、サイトデザインのお仕事ですね。
パソコンで仕事がやりたいという欲求がずっと強かったので、アビリンピックはどうだと。
とはいえ、ホームページをちょくちょく作ってはいたんですけど、そんな高度なものは作ったことがなくて。デザインだけでも何とかしようと思って、ちょっとずつ作リ始めたんですね。本当に下手くそなんですけど、段々デザインも纏まってきました。
そのとき、実は地方大会では既に優勝していて、全国大会への出場権を持っていたんです。そこで気持ちが強くなって、一つ金賞を目指してみようかと、自分の中で何かが芽生えて。勉強にも打ち込むようになりました」
-優勝とは、これまたすごいですね!
「いえいえ、そんな。
ホームページ部門は3人しか出場していなかったんです。
でもそこからトントン拍子で、長野、千葉、愛知と各大会に毎年連続で出場することになって。自分なりに一生懸命頑張った結果、銅賞を取ることができました。
大会のことは非常に印象に残っています。
開会式では旗を掲げるんですが、お客さんを見ると飲まれるから、とにかく旗を振ろうってパッパッと4回ぐらい振ったのを覚えています。
銅賞をとった結果発表の瞬間は感動しました。目の前が輝いて見えました。
何かリアクションをしようとして声を出そうとするんですけど、みんなに聞こえるような大きな声は出せなくて、向こうの人にはなんにも聞こえていない。これはもう何も言わない方がいいかなーって思いました(笑)。
この光景は一生忘れられないだろうなって思いましたね。
小説家になろうと思ったきっかけは?

-アビリンピックで銅賞なんてすごいですね。そこから、今の小説家になろうって思ったきっかけはなんだったんでしょう?
「『アルジャーノンに花束を』(ダニエル・キイス)という小説、あれが大きかった。そもそも、病気になって字があまり読めなくなってしまったんですよ。読もうとしても、頭に全然入ってこない。たぶん薬の副作用で集中力がなくなって読めなかったわけです。
そんな中、たまたまセンターにあった『アルジャーノンに花束を』を手にとって読んでみたら、まあ面白かった。
小説ってこんなにすごいんだって思わされました。
そのときからすぐ書き始めたわけではないんですけど、小説に対して良い印象を持っていました。
当時、自分の中にそんなにテーマは持っていなかったから、結構掌編的ものを書くわけです。それを書いてるうちに、十行くらいの小説になったんです。
小説とも言えないようなものだったんですけど、それを小説投稿サイトに投稿しました。そしたら意外と感想がつくんですね。四件ぐらいはついたかな。
それが嬉しくて、今度はもっといいものを書いてやろうという気になった。楽しかったです。その後、そことは別の投稿サイトと出版社ディスカヴァーが共同で主催していた新人賞に応募して、受賞したことで、いまこうして本を出せているという訳ですね」
-最近、新刊が発売されたということで、そちらのお話もお伺いしたいです。
「2016年4月に『ドラッグカラーの空』という小説を出せました。
統合失調症と向き合った作品で、僕自身の体験と重なるところが多くあります。
根底にあるキーワードは、人から学ぶということ。違う価値観の人を認めるということ。理解することの難しさです」
-佐久本さんだから書ける、とてもリアルな作品だと感じます。
「今後も、自分が障害でそれなりに苦しんで、それなりに良くなった中で、感じたことみたいなものを書いていきたいと思います。それで、誰かの力になれたら凄く嬉しいです」

ドラッグカラーの空
- 著者:佐久本庸介
- 出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
- 発売日:2016/4/14
(カメラマン・湯川うらら)
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