総統、なんでこんなところにいるんですか!?『帰ってきたヒトラー』

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帰ってきたヒトラー 上

  • 著者:ティムール・ヴェルメシュ (著), 森内 薫 (翻訳)
  • 出版社:河出文庫
  • 発売日:2016/4/23

まず、最初に言っておかねばならない。
本書には風刺的R指定が存在する。つまり、ヒトラーという悪魔の象徴に皮肉の限りを許していることである。

問題作と騒がれた本作は決して、穏やかに出版され消えていくだけの新刊の類ではない。
ヒトラーというメインディッシュに風刺と皮肉のスパイスを加えた怪作をご賞味あれ。
本作を料理に例えるなら、「エスカルゴ料理」だろう。理由はすぐに分かる。

むむ。ここは総統官邸ではない……?

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目が覚めると、そこは現代のベルリンだった。
「ボルマンはどこだ。総統官邸は? ここは一体どこなのだ」

冒頭は、タイムスリップして慌てふためくヒトラーの描写から始まる。
(※ヒトラーは困ると大抵ボルマンを呼びつけるのはお決まりだ)
しばらく辺りを見回して、徐々に状況を掴んでいく総統様。サッカーで遊んでいる子供を見つけて尋ねることにしたヒトラーは衝撃を受ける。

子供「ここは総統官邸じゃないよ。てか、おじさんなんなの?」

(馬鹿な。いや、むしろ嘆くべきか。総統閣下の私を知らないなんて……。よほど教育を積んでないのだな。可哀想に。)

哀れんでいるところ申し訳ないが、可哀想なのはあなたである我が総統。
半世紀のカルチャーギャップはまだ終わらない。
・偉大なるドイツ帝国に移民がたくさん。なんと嘆かわしい。
・現代のテレビはブスとデブが料理をしている番組ばかり。
・計算機のおもちゃでしかなかったPCが進化!?
・写真(ツーショット)ばかり撮られる。この国の職業はジャーナリストしかないのか。

現代に困惑するヒトラーは実に人間くさく、正直見ていて可愛い。
序盤はこんなコミカル調で進むのだが、後半はとても教訓的な毒牙を含む。
「もし21世紀にヒトラーが現れたら、どうなるのか?」が最大のテーマなのだから。

政治不信だと。なぜ誰も動けないのだ!?

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21世紀に蘇ったヒトラーだが、ベルリン広場に行くとそっくりさんのパフォーマーと勘違いされ、テレビ出演が決まる。ディレクターや視聴者たちはあまりの完成度にたまらなく興味を示す。所詮、これまで何人もやってきたヒトラー芸人の一人なのだが。

しかし、視聴者は彼がただの“娯楽”じゃないことに気が付く。

なぜならその彼は、演説のワンシーンだけをかじった三流芸人ではなく、本物のヒトラーだからだ。彼の思考は常に芯を捉えており、機転が効く。
彼は国民を導こうと本気で思っており、あくまで1940年代の我が総統なのだ。

ドイツ人は苦闘を続けている。2回の大戦時よりひどい。諸君は奈落へまっしぐら。まだ見ぬ奈落へ。テレビのせいだ

現代の政治不信を敏感に察知し、テレビはもっと教養を含み、あくまで国民が政治意識を持つための接点として放送されるべきだと主張するヒトラー。
ここが面白いのだが、本質を伝えるには自分がお笑い芸人でも構わないと認める。国民の関心を惹くなら道化にだってなってやると言わんばかりだ。

ある意味、これは「本書」の存在自体と合致しているのではないか。

21世紀に私が帰ってきたらどうなるか、教えてやろう。

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1940年代までドイツを掌握したヒトラーだが、現代に通用するのだろうか。
ネットやSNSが普及し、あらゆる情報がシェアされるこの時代に。

しかし安心していい。そんな疑問なぞすぐに吹っ飛ぶ。
ヒトラーは元来、超合理的にものを考える。
“手中にあるものを最大限に使うのが政治家というものだ”
そう言い放った彼は、まことにその通りにする。テレビに出演し、マスから関心を得た次はインターネットで動画を配信。次々とメディア戦略を打っていく。
宣伝相ゲッベルスなしでも上手くやれるものだ。

視聴者の感覚は、まるで『ヒトラー 最後の12日間』の総統をリアルで見れるという興奮と、「ヒトラーだけど、言ってることは一理ある」と主張に理解を示し始めるかのよう。
これを皮切りに、これまで歴史上の悪魔だったヒトラーにも正義があったのでは? と議論が展開される。一度、ヒトラーで大失敗した過去があるのにも関わらず。

映画版では、若者の間で総統は一大ムーブメントとなり、Youtuberたちがこぞって「彼の主張は一理あるぞ。みんな聞け!」と配信動画をUPしていくシーンが強調されている。
ヒトラーが街を歩くと、ミーハー達はササッと隣に並んで自撮り。Instagramで#ハイル・ヒトラー(我が総統)とタグを付け、UPすること請け合いだろう。

私が冒頭で「エスカルゴ料理」のようだと書いた理由はここにある。
今まで人から聞いた「まずい」という情報だけで毛嫌いしていたヒトラーは、おやおや実は良い奴なのでは?と、認識を改めるのだ。
ムーブメントを作れば、民意なぞ簡単に操作できる。

ドイツ国民は、現代にヒトラーがタイムスリップしたらどうするのか。
その決断の続きは本書で確認して欲しい。

周りのみんなが急に「エスカルゴ料理は最高だ! 今まで食べなかったのが嘘のようだ!」と騒ぎ立てる恐怖を想像できるのなら、読む価値がある一冊だろう。

帰ってきたヒトラー 上

  • 著者:ティムール・ヴェルメシュ (著), 森内 薫 (翻訳)
  • 出版社:河出文庫
  • 発売日:2016/4/23

モデルプロフィール

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  • 名前:島村雛
  • 生年月日:1990/3/12
  • 出身地:滋賀県
  • 職業:広告業界
  • 受賞歴:神戸美少女図鑑モデル
  • 趣味・一言:旅行
  • Insta:@s_hiina

(カメラマン:伊藤広将)

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Myコーデ

WRITERこの記事を書いた人

小幡 道啓

累計2億円以上の借金王の元に生まれ、怒号と罵声が飛び交う家庭で育ったアウトローだが、底ぬけにポジティブ。飲み会でも「父親が行方不明です」と不謹慎なネタを言ってはスベっている。Amazon Kindle販売員時代には年間NO.1売上を達成。現在は、「逆境でのユーモア」をモットーに本to美女編集部編集長。