シベリア抑留体験記『凍りの掌』

凍りの掌

  • 著者:おざわゆき
  • 出版社:小池書院
  • 発売日:2012/6/23

終戦の日に平和が訪れたのか

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日本政府は8月15日を「終戦の日」と考えており、全国戦没者追悼式が行われます。しかし、1945年8月15日になった瞬間、これまでの激しく悲惨な戦いの残滓さえなく、すべてが元通りになったのでしょうか。終戦の日を迎えた瞬間、全ての日本人に「平和」が訪れたのでしょうか

そんなはずはありませんね。終戦の日を迎えてもなお、「戦い」が続いていた場所が至る所にありました

今回ご紹介する『凍りの手』は、漫画家のおざわゆきさんの父、小澤昌一さんの「シベリア抑留の体験」をコミックにしたものです。

戦後も、「戦い」は続いていた

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第二次世界大戦の終戦後、捕虜となった日本人の元兵隊は、ソ連によってシベリア等で長期間強制労働を強いられました。このことを「シベリア抑留」と呼びます。

厚生労働省の発表によると、約575,000人の日本人が、ソ連の捕虜として、シベリア地方に連行され、過酷な状況下で働かされました。死者は約55,000人とされています。(抑留が約100万人、死者が約40万人とも言われています)。抑留期間が約10年にも及んだ人もいました。

「シベリア抑留」は、戦時中の出来事ではなく、日本が指定した「終戦の日」以降、つまり戦後の出来事です。戦いが終わった後も日本に帰国できず、日々生きるための「戦い」を続けていた人が、こんなに多く居たのです。

出征、終戦、そして、捕虜へ

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マイナス30度、素手で鉄に触れれば、手の皮が冷え切った鉄にくっついて凍り、皮が剥がれ落ちます。大学予科(現在の大学教養課程)の学生だった小澤昌一は、極寒の北満州に降り立ちました。

学徒出陣で、満州(今の中国東北部)に出征した昌一は、関東軍の補充員として満州国(日本に関東軍が建てた傀儡国家)を護衛する任務につきます。戦況の悪化で関東軍の殆どが戦線に向かい兵隊が足りなかったからです。

1945年8月9日、ロシアが満州国に侵入します。当時ソ連(ロシア)と日本は、「日ソ不可侵条約」を締結しており、互いの領地に侵攻しない約束を取り交わしていたはずでした。ロシアは日本が負けると確信し、最後の最後で戦争に参戦し日本と敵対することにしたのでした

そして8月15日、日本は降伏。ここから、昌一たち日本軍の兵隊の「本当の戦い」が幕を開けたのです

祖国を夢見て戦い続けた

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武装解除をさせられ、集められた日本兵たちは、ロシア兵に「ダモイ」と言われ、目を輝かせます。ダモイとは、ロシア語で「帰国」という意味でした。しかし、船で運ばれ、寒さと疲労と空腹の中何日も歩かされた先は、シベリアの収容所でした

収容所での日々は言葉で言い尽くせないほど、過酷なものでした。

炭鉱で1日中働かされるのにも関わらず、食事は雑穀の混ざったパン1切れと、おかゆのようなスープが1日2回。過酷な労働の対価がこんな粗末な食事では足りるはずがなく、昌一たちは常に空腹でした。
その上、仕事の出来が悪かったり、上司の機嫌を損ねたりすると、食事を減らされることもありました。気温は、低い時はマイナス30度まで下がります。そんな極寒の夜を薄手の毛布2枚で乗り切らなければなりません。
寒さに震えながら、仲間同士で固まって眠りました。寒い中での作業では、指や足が凍傷になることがありました。すると麻酔無しで手足を切り落とされるのでした。

具合の悪い人も、休むことは許されません。昌一と同じ隊の鷲見(すみ)が高熱を出しますが、炭鉱で働かされ続けていました。明くる朝、起きない鷲見を見ると、死んでいました
ガイコツのようにやせ細った鷲見の亡骸は、衣服を脱がされ裸のまま、収容所の裏山の土の中に埋められました。埋め終わると、すぐ作業再開の命令が下されます。葬いの儀式などありませんでした。
仲間が死んでも悲しむ暇などないのです。悲しくたって、いつも通りお腹は空きます。次第に、昌一の中で、誰かが死ぬことは、日常になっていきました。「いつか順番が来る」と思って見ているだけ。死を怖いとも思わなくなっていきました。

その後、昌一は日本に帰国することができましたが、シベリア抑留によって昌一の人生が狂わされたことに違いありません。今回は語り尽くせなかった辛く悲しい体験、そして物語の結末は、あなたの目で確かめてください。

「絶望」を覗いて、今わたしたちは何を考えるか

戦後71年が経った今でも、戦争関連の映画が放送されたり、夏には「終戦記念」と題してテレビドラマが放送されたりします。しかし、作者のおざわゆきさんは、シベリア抑留は他のどんな戦争関連の記録よりも異質に感じたといいます。

戦争が生み出す戦地で人と人とが戦う恐ろしさ。しかし、父から聞いた話にはそれとは全く違う恐怖がありました。「絶望」という名の恐怖です。未来というものが真っ黒に塗りつぶされる様な果てしない「絶望」です

おざわゆきさんの淡く優しい絵柄で描かれる悲惨で過酷な生々しいシベリア抑留の日々。ページをめくるたび、恐ろしさと悲しさが同時にこみ上げます。

シベリア抑留の体験は、戦時中と同じくらい、あるいはそれ以上悲惨なものだったと感じます。「遠いシベリアの凍った土の中で、祖国に焦がれながら死んでいった人たちがいた」。そのことを、心の片隅に残していただけたら、シベリア抑留を経験した方々が少しは報われるかもしれません。

『凍りの手』は、「戦争の本は難しそうだから読まない」という人にこそ、読んでいただきたい一冊です。好きなものを食べ、好きな音楽や映画を楽しみ、好きなだけ本を読み、好きな時間に眠れる。そんな今の生活の「幸せ」について、あなたは考えるはずです。

凍りの掌

  • 著者:おざわゆき
  • 出版社:小池書院
  • 発売日:2012/6/23

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太平洋戦争末期の昭和19年、名古屋。木村家次女・あいは、国民学校高等科1年生。青春真っ只中にいるあいの関心は、かっこいい車掌さんに出会ったことや、今日の献立のこと。自分が戦争に参加しているなんて気持ちは、これっぽっちもなかった――。しかし、米軍にとって名古屋は、東京や大阪と並んで重要攻撃目標だった。少女・あいにとって、戦争とは、空襲とは、空から降り注いだ焼夷弾の雨とは、一体何だったのだろうか。

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日露双方の膨大な資料に基づき、旧ソ連全域からモンゴルにまで及んだ抑留の実像をあらゆる側面から検証する。日本人兵士ら約70万人が被害に遭った歴史的事件の真実とは―。その全貌を徹底解明。

モデルプロフィール

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  • 名前:長谷川あかり
  • 出身地: 群馬県
  • 職業:学生
  • 受賞歴:ミスお茶の水女子大学準グランプリ
  • 趣味:ダンス
  • 最近の悩み:妹がわがまま

(カメラマン・Rimi Sakamoto/個人サイト・http://www.rimisakamoto.net/

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WRITERこの記事を書いた人

湯川 うらら

本to美女編集長 湯川うらら 麗らかな春の日に生まれました。「一瞬一瞬を全力で」がモットーの、本to美女編集長/インタビュアー/キャトグラファー。著者の半生から学び、登場人物の人生を味わい尽くす……「本」は、人類と共に時代を紡いできました。週1回はブックカフェに通い、気になる本を味見するのが楽しみ。実用書から漫画まで、守備範囲は幅広い。色々な人の話を聞いて、人生を豊かにしたい、誰かを幸せにしたい。 猫の島へ単独潜入するほど、生粋の猫好きで、SNSはネコ写真でいっぱい。一年中もふもふしていたい。