今死ぬか、戦って死ぬか『総員玉砕せよ!』

総員玉砕せよ!

  • 著者:水木 しげる
  • 出版社:講談社
  • 発売日:1995/6/7

 

突然ですが、現実味のない質問をします。

「今ここで死ぬか、敵と戦って死ぬか決めろ」と言われたら、あなたはどちらを選びますか
「そもそも死ぬという選択肢しかないのがおかしい。生きたいに決まってる」と、誰もが思うはずです。

人間には生きる権利があります。死を強制されることなどあってはなりません。その「当たり前」を根こそぎ奪ったのが、約70年前の戦争でした

今回ご紹介する『総員玉砕せよ!』は、『ゲゲゲの鬼太郎』でも知られる国民的漫画家、故水木しげるさんの戦記漫画です。

水木さんは戦時中兵士としてパプアニューギニアで戦った経験があります。水木さんが「この本の9割は真実だ」と語っているように、彼の戦争体験をもとに書かれた非常にリアルで生々しい漫画です。

「『玉砕』ーぎょくさいー」

DSC_6222

『総員玉砕せよ!』のテーマである「玉砕」。現代の人にはあまりピンとこない言葉だと思います。しかし、約70年前までの日本人にとっては、聴き慣れた言葉だったのです。

第二次世界大戦の日米戦末期、「一億総玉砕」が唱えられ、兵隊や民間人には、「死ぬまで戦うか」「自決するか」の二択を迫られました。彼らに、「生き残る」という選択肢は与えられませんでした

当時は、日本人は中途半端に生き延びるくらいなら、「玉のように砕け散るほうが美しい」とされていたのです。

戦時中の日本人に「玉砕」の概念を植えつけたのが「大本営」(日本軍の最高統帥機関)でした。戦況が悪化する中、「戦地で日本軍が全滅した」と国民に伝えることを避けたかったのです。「全滅」を「玉砕」に言い換え、少しでも国民へ与える不安や動揺を和らげようとしたのでした。

勿論、当時、「生きたい」と思っていた人は沢山いたはずです。しかし、命令に刃向かうことが許されない風潮や社会的な構造が出来上がっていたのです。

誰にも語れず、ただ忘れ去られるだけの命

DSC_6224

『総員玉砕せよ!』の主人公丸山(水木しげるさん自身がモデル)は、徴兵制によって出兵した初年兵。命令で、ニューブリテン島から、「天国のような場所」と呼ばれるバイエンに上陸します。

バイエンにアメリカ軍が上陸すると、米軍の圧倒的戦闘力を前に日本軍はどんどん包囲されていきます。

隊長は、丸山たち隊員に、「切り込み作戦」を命令します。それは、すなわち、「玉砕覚悟の捨て身の攻撃をしろ」ということでした。

しかし、命令した隊長が作戦の途中で戦死してしまいます。生き残った数十名は「空腹のままだと死んでも死に切れない」と考えます。そして、他の部隊がいる聖ジョージ岬という場所に一時撤退することにします。

一度、上層部に「自決する」と宣言したにも関わらず、生きていることは軍規違反になります。丸山の上司の中隊長2人は責任を取って、自決(切腹)させられます。そして、丸山たち下級の隊員も、聖ジョージ岬に上陸した敵軍への再突入という形で死ぬまで戦うことを迫られます。

二度目の「玉砕作戦」では、丸山は生き残ることは叶いませんでした。

周りを見渡せば、仲間の死体だらけ。自分の頬に弾丸の穴が開き、ハエが卵を産みつけています。半乱狂になった丸山は歌を歌います。「私はなんで、このような辛いつとめを、せにゃならぬ」と。米兵に見つかった丸山は、銃で撃たれ、「ああ、みんなこんな気持ちで死んで行ったんだなあ。誰に見られることもなく、誰に語ることもできず、……ただ忘れ去られるだけ……」と呟き、死んでいくのでした。

玉砕拒否は、「人間として最後の抵抗」

DSC_6236

物語の中で主人公の丸山は戦死します。しかし、モデルである水木しげるさんは、米軍の爆撃で左手を失ったものの、生き残りました。そして、右手一本で素晴らしい名作を生み出す国民的漫画家となったのです。

「『玉砕』というのは、どこでもそうですが、必ず生き残りがいます」と巻末で水木さんは語っています。

小説や映画で描かれる「戦争」は、物語として成立させるために簡潔化されたり、美化されたりします。『総員玉砕せよ!』でも、物語を終わらせるために丸山を死なせる形になりました。とはいえ、この漫画は他の戦争物語とは異質の「生々しさ」があります。

例えば、『総員玉砕せよ!』で描かれる兵隊たちは、美しく死にません。ワニに丸呑みされたり、魚を喉に詰まらせたり、敵を倒して喜んだ隙を突かれて撃たれたり、無様な死に方をしていきます。自決の際も、感動的な別れの挨拶はありません。

水木しげるさんは巻末で、自身が玉砕命令を受けたのに生き残った理由について書き記しています。

将校、下士官、馬、兵隊といわれる順位の軍隊で、兵隊というのは”人間”ではなく馬以下の生物と思われていたから、ぼくは、玉砕しないというのは卑怯ではなく、人間として最後の抵抗ではなかったかと思う

水木さんは2015年11月に93歳でその生涯を閉じました。あと15年もすれば、戦地での経験を生きて語れる人は居なくなってしまうでしょう。そんな中、水木しげるさんの戦争漫画は、後世に残る貴重な「戦争体験の記録」です。小説は苦手だという人も、漫画『総員玉砕せよ!』を通して、本格的な戦争体験に触れてみませんか。

総員玉砕せよ!

  • 著者:水木 しげる
  • 出版社:講談社
  • 発売日:1995/6/7

モデルプロフィール

DSC_6237
  • 名前:田波三佳
  • 生年月日:1996/2/1
  • 出身地:横浜市
  • 職業:慶應義塾大学
  • 趣味:ドライブ、アイドル
  • 最近の悩み:MT車を運転したい

(カメラマン・Rimi Sakamoto/個人サイト・http://www.rimisakamoto.net/

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

本to美女選書

WRITERこの記事を書いた人

湯川 うらら

本to美女編集長 湯川うらら 麗らかな春の日に生まれました。「一瞬一瞬を全力で」がモットーの、本to美女編集長/インタビュアー/キャトグラファー。著者の半生から学び、登場人物の人生を味わい尽くす……「本」は、人類と共に時代を紡いできました。週1回はブックカフェに通い、気になる本を味見するのが楽しみ。実用書から漫画まで、守備範囲は幅広い。色々な人の話を聞いて、人生を豊かにしたい、誰かを幸せにしたい。 猫の島へ単独潜入するほど、生粋の猫好きで、SNSはネコ写真でいっぱい。一年中もふもふしていたい。