心にささやかな幸せを『鍵泥棒のメソッド』

大人の悩みは尽きない。

浮かんでは消え、浮かんでは消え、永遠に迷い続ける。

私たちは悩むために生きているのだろうか。いいや、それは違う。生きることは悩むことだ。でも、悩むために生きているわけではない。

それでは、なんのためか。

富や名声を得るためか。自分の存在を認めてもらうことか。かけがえのない友情を築くことか。人を愛するためか。

それが何であれ、私たちは何かのために生き、日々を悩みながら生き抜く。

だが、生きることよりも、悩むことに力を注ぎすぎてはいないだろうか。

もう一度言おう。私たちは悩むために生きているのではない。

悩みを抱えすぎた大人たちの気休めとなる物語。

鍵泥棒のメソッド

  • 著者:麻井 みよこ
  • 出版社:角川書店
  • 発売日:2012/8/25

この物語は、原作が映画である。その映画を小説に起こしたものだ。

おそらく、先に映画を観た方がいい。そのあと、ひとつひとつを思い出すようにこの小説を読むことをお勧めする。

この作品は、簡単に説明すれば、ひょんなことから、俳優志望でフリータのダメ男、桜井が、裏社会の殺し屋、「コンドウ」こと山崎の記憶喪失をきっかけに、山崎としての人生を乗っ取ろうとする、つまり、二人の男の人生が入れ替わる、という話だ。そこに、もう一人の主人公であり、結婚を急ぐ女性、香苗を巻き込み、コメディ満載のストーリーが展開される。

とてもユニークなストーリーで、非常に良くできており、思わずくすりと笑ってしまうシーン満載なものとなっているが、それだけの、ただのコメディ作品なんかではない。

この作品のおもしろさは、桜井のダメ人間っぷりと、山崎の努力家で完璧なところにある。

俳優志望でフリーターの桜井は、裏社会の仕事により大金を手にいれた山崎の人生を乗っ取り、そのまま殺し屋「コンドウ」を引き継ぐわけだが、何をやってもうまくいかない。失敗ばかり。

それに対して、努力家で几帳面な性格を生かし殺し屋として成功させていた山崎は、記憶をなくして突然、自分がフリーターになってしまっても、着実に俳優として成功させ、それだけでなく、香苗と出会い、恋愛の仲になる。

完璧な人生を乗っ取ったとしても、中身ができていなければどうしようもないのである。

 

クライマックスが近づくと、山崎はあることをきっかけに記憶を取り戻し、桜井のもとへ行くのだが、すでに手遅れなほどの裏社会の事件に巻き込まれている。結果、三人で協力し、解決し、それぞれがそれぞれの生活に戻るのだが、そこまでのいくつかのシーンに、私が紹介したいセリフがあるのだ。

 

まず、記憶を取り戻した山崎が、桜井と共に事件解決の行動に出ようと待機しているシーンだ。

山崎が自分の人生を振り返るように、ひとり呟く。

「だいぶ儲かったけどな。もう十分だよ、金は」

また、事件解決後、何も残っていないフリーターに逆戻りした桜井に向けて、山崎が言う。

「金がないくらいで死ぬことはないよ」

大人の生活のほとんどの時間は、何に費やされているか。

金だ。金を稼ぐために1日のほとんどの時間を、人生のたくさんの時間を費やしている。

そうして、仕事は、大人の悩みの源泉であろう。

 

仕方のないこと。金を稼がなければ生活ができない。生活を豊かにするには金が必要。

誰もが当たり前のようにそう考えるだろう。

だが、山崎はそんな意識を砕いてくれる。

 

そして、ラストシーン近く、山崎は「納得できない」とぼやく登場人物に対して言う。

「ぜんぶ納得して生きてる奴なんていないよ」

金や仕事に関してはもちろん、人間関係だったり、理不尽な不幸だったり、様々なことで悩む私たちだが、それは自分の人生を納得のいくものにしたくて悩んでいるだろう。どこかに不満を抱えていて、それがあるから悩み、どうにかしてより良い人生を生きようとする。

でも、その目的を忘れてしまうほど悩んでしまったとき、この物語の、このセリフを思い出してみてほしい。

心がすっと軽くなるのではないか。

ああ、きっと、納得した人生なんて存在し得ないのだ。そもそも、考えてみれば、すべては理不尽な運命によって左右されているのである。人間に生まれること、日本人に生まれること、性別が決まっていること、遺伝子が決まっていること。私たちが1から選んだ人生ではない。

きっと、金持ちの子供に生まれ、不自由もなく暮らしてきたとしても、必ず不満を抱えているはずである。

物語では、山崎は金よりも愛をとる。彼にとって、金よりも愛の方がはるかに人生において必要なものであったからだ。

 

もし、仕事が自分にとっていちばんの生きがいであるのであればいいのだが、自分のやりたいことを封じ込めて、金を稼ぐために嫌々仕事をするのは違うと私は思う。

自分は何のために生きているのか。生きがいは何なのか。

それを見つめ直し、それだけをやっていくような納得のいく人生はできなくとも、それを忘れずに、それのために生きていくような、そんな人生でなければ意味がないと私は思うのである。

 

自分の人生に納得しなくていい。

人生をもっと楽しいものにしよう。生きることは難しいことじゃない。

毎日、ひとつでいいから、楽しいと思うことをする。

それだけで、私たちは生きられる。

金がなくとも、愛がなくとも、心にささやかな幸せさえあれば生きられるのだ。

 

この物語とこの記事が、日々悩み生きる大人たちの気休めとなることを願う。

鍵泥棒のメソッド

  • 著者:麻井 みよこ
  • 出版社:角川書店
  • 発売日:2012/8/25

モデルプロフィール

  • 名前:島村雛
  • 生年月日:1990/3/12
  • 出身地:滋賀県
  • 職業:広告業界
  • 受賞歴:神戸美少女図鑑モデル
  • 趣味:旅行
  • Instagram:@s_hiina

(カメラマン:伊藤広将)

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WRITERこの記事を書いた人

きりゅう

大学一年生。幼い頃から空想家。 どんなジャンルの物語もすき。小説を読むときは、ひたすらに心に響く言葉を探している。何でもない一節に惹かれることが多い。 映像や文章に加え、車や雑貨、服装まで、古き良き時代のものに惹かれる節がある。 自分の言葉で人の心を揺らしてみたい。