大人の心が失ったもの『夏の水の半魚人』

大人になったいま、子供だった日々を思い出すことがあるだろうか。大人の日々と違って、あの頃は毎日が輝いていただろう。

この世界をいちばん謳歌しているのは、きっと子供だ。子供に聞こう。日々を輝かせる方法を。私たちは大人になるとき、何を失ったのかを。

あなたを、少年だった頃に、少女だった頃に、巻き戻す物語。「夏の水の半魚人」。

夏の水の半魚人

  • 著者:前田 司郎
  • 出版社:扶桑社
  • 発売日:2009/2/27

 

この物語は、小学五年生の主人公、魚彦の日々を綴ったものである。何気ない少年少女の日々が、小学生の彼の目を通して語られる。

読み進めてすぐに、不思議に思うだろう。これは、本当に小学生が書いたものなのではないかと。

文章に大人の影がひとつもないのである。子供が感じていることが、赤裸々に書かれている。なんだか、自分が子供に戻った気分が味わえる。

例えば、これだ。

 

 

僕も、2年生の頃は斎藤が好きだった。今はよくわからなくなってしまっていた。

子供の頃の「好き」なんて、理由も理屈もなくて、心に従うまま、なんとなく「好き」になる。そんなものだった、なんて懐かしく思うだろう。

そして、くだらないことでも、真剣に話し合った。

僕らは唾とよだれの違いについて話しながらマンションのエレベーターに乗り込んだ。

僕は「唾は泡があるやつで、よだれは泡がないものだ」と言った。

林は「目が覚めてるときのが唾で、寝るとよだれだ」と言う。

大人になって、こんな疑問を抱く人がいるだろうか。いるとすれば、きっとその人の心は、穢れを知らない子供のままなのだろう。

何にだって好奇心を持って、何だって不思議に思って、考えてみる。その純粋さは、子供の特権だ。

 

作中で魚彦は、昔の人間と今の人たちとの違いについて語る。背が小さい、毛むくじゃら、そのちょっとの差があるだけ。

ちょっとだけ違うけど大体同じっていうのが僕には面白く感じる。だから、未来の人間もきっと僕らと大体同じでちょっとだけ違うのだ。

大人がこのことを考えても、何も面白いことはないだろう。猿が二足歩行を始めて、進化して私たちになっただけのことだ。

でも、彼にとっては、それ自体が不思議なことで、面白いのである。

私は、大人は不思議を捉える力を失ってしまったのだと思う。もっと具体的に言えば、知らないことを失った、つまり、知識が増えすぎたということだ。世の常識を得てしまったということでもあるし、自分の価値観をある程度確立してしまったということでもある。

いろんなことを知れば知るほど、いろんなことがつまらなくなる。

月に居るはずだった人たちはどっかに消えた。火星も無人。中田のイトコのモーヤンが家の屋上で鯨を飼ってるってのも嘘。

知らないことだらけの方が、世界が輝いて見える。何もかもが不思議に移る。

私たちは、不思議を捉える力を失った。

月に人がいる。

そんなわけない。月には空気がないのだから。

屋上で鯨を飼っている。

そんなわけない。常識的にあり得ないのだから。

魔法使いがいる。

そんなわけない。科学で証明できないのだから。

魚が喋る。

そんなわけない。魚には声帯がないのだから。

 

知識が不思議を殺す。

たくさんの不思議が死んでいく。

いつしか、想像することをやめてしまう。

 

大人だからって、心に潜む子供を殺す必要はないのだ。

子供でいられない瞬間はたくさんある。でも、心から消してはいけないのだ。

小学五年生というのは、少しずつ大人に近づいて行く時期だ。この物語では、魚彦が子供の心と、得体の知れない芽生え始めた思春期の心とで葛藤する姿も描かれている。

 

私は、魚彦が心の子供を殺さないことを祈っている。彼の母親のように。

 

彼の母親は、子供の心を持った人物として描かれている。冒頭のみの登場だが、幼い頃、魚と会話ができて仲良くなったというエピソードを魚彦に語る。それが魚彦の名前の由来だと。

周りの人たちは、そんな母親のことを、変わってる人、と認識しているようだ。大人の心を持った人たちから見ると、そう映るらしい。

 

知識や常識で塞がずに、純粋な心を開け放ってみよう。

たくさんの不思議が心に舞い込んできて、想像を働かせることで忙しくなる。

そうしたら、あなたの心はわくわく、うきうきして、世界の色が変わるだろう。

それが、きっと、世界を輝かせるコツなのだ。何もかもが楽しかったあの頃のように。

夏の水の半魚人

  • 著者:前田 司郎
  • 出版社:扶桑社
  • 発売日:2009/2/27

モデルプロフィール

  • 名前:真奈
  • 生年月日:1994/1/16
  • 出身地:静岡県
  • 職業:タレント
  • 趣味・一言:愛してください♩
  • 最近の悩み:やせない
  • Twitter:@manatmnt
(カメラマン:伊藤広将)

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WRITERこの記事を書いた人

きりゅう

大学一年生。幼い頃から空想家。 どんなジャンルの物語もすき。小説を読むときは、ひたすらに心に響く言葉を探している。何でもない一節に惹かれることが多い。 映像や文章に加え、車や雑貨、服装まで、古き良き時代のものに惹かれる節がある。 自分の言葉で人の心を揺らしてみたい。