風の男 白洲次郎
- 著者:青柳恵介
- 出版社:新潮社
- 発売日:2000/7/28
エッジの効いた涼顔。渡部篤郎に似てると思うのは私だけか?
80歳まで外車をぶっ飛ばし、日本で一番最初にジーンズを履いた伊達者、白洲次郎。
吉田茂の側近で、GHQを相手に憲法改正に異を唱え続ける政治家の顔と、東北電力の会長を務める実業家の顔を併せ持つ男。だが、白洲の偉大さは肩書ではない。
本当のかっこよさを、本当のシャレを、本当のユーモアを、今こそ白洲次郎から学ぼうじゃないか。彼は一体、何者なのか。
著者・青柳恵介は一言、「風の男」と称した。
将軍相手にもばかやろうスピリッツ

連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は、白洲次郎のことを「従順ならざる唯一の日本人」であると警戒し、あのマッカーサーも手を焼いたのは有名な話である。
白洲次郎とは、誤解を恐れずに言えば「ばかやろう」精神を持った男なのだ。
白洲は生涯、一貫して己のプリンシプルを持っていた。己で考え、己で筋道を立て、正しいかどうかを判断する絶対的な価値観のことをいう。
「アメリカには逆らわない方がいいでさあ、白洲さん」
「俺たちは戦争に負けたんだ」
そんなつまらん声が、敗戦後の政治家たちの合言葉だ。しかし、あの男は一言、
「ばかやろう」と一蹴。
さらに続く。
「われわれは戦争に負けたのであって奴隷になったわけではない」
GHQが提示してきた憲法案を鵜呑みにすることなど白洲次郎は我慢ならなかったのである。GHQ草案は、非常に短期間で作られたものであり、法律学者の監修もない言わばズブの素人が考えたチグハグなものだった。そんなの、白洲のプリンシプルが許すはずがない。
後に、白洲はGHQ民政局長ホイットニー将軍に手紙を一筆したためている。俗に言う「ジープ・ウェイ・レター」だ。これは、GHQのお偉いさんに個人的な思いと見解を送りつけた暴挙を意味する。以下、引用する。
貴下の道は、直線的、直接的なもので、非常にアメリカ的です。彼らの道―日本を指す―は、回り道で、曲がりくねり、狭いという日本的なものにならざるをえません。貴下の道はエア・ウェイ(航空路)といえましょうし、彼らの道はでこぼこ道を行くジープ・ウェイといえましょう。
要するに、「てめえらGHQ案の憲法は急ぎすぎて人情がねえよ。日本はついこの間まで天皇主権、軍国主義だったんだ。急に変えられるかボケ、一旦冷静に見てくれ」という趣旨をユーモアたっぷりに、アメリカの将軍様宛に書いたのだ。
GHQは白洲をDifficult Japaneseと呼んで陰口を叩くのは必然だったであろう。
「日曜はビジターはお断りだと言え」

白洲には分かりやすいかっこよさがある。端正な顔立ちに(これは真似できない)、抜群のファッションセンス。そのくせ、中学生の頃から高級外車を乗り回す豪快さを持ち合わせている。明快にかっこいい。
だが、白洲のほんとうのかっこよさは「筋が通っている」ことにあると思うのだ。
こんな話がある。白洲が軽井沢のゴルフクラブで理事長を務めていたときだ。
当時のT首相から直接電話で「新任の駐日アメリカ大使と明日どうしても君のところでゴルフがしたい。なんとかならんかね?」と打診があった。首相の電話である。しかし、白洲は即座に「日曜はビジターはお断りだと言え」と支配人に告げ、結局首相ご一行は別のコースでプレイしたそうだ。おそらく、白洲は会員には平等にプレイさせる。権力だの、階級だのと例外は断固認めないプリンシプルを持っていたのだろう。
まさに、従順ならざる日本人である。全ての最優先は、己の筋を通すこと。こんな調子の白洲だが、彼の気に入る人物たちに共通していることが……
私心のない行動、信念をもって己を投げ出すことのできる人間、そういう行動、そういう人間のみを白洲次郎は信じたのである。
もし、世の中に白洲次郎だけの世界があったら、きっとベストセラーは『YESと言える日本人』だったであろう。プリンシプルがあれば、他のことは彼にとってどうだっていいのだから。
風の男 白洲次郎
- 著者:青柳恵介
- 出版社:新潮社
- 発売日:2000/7/28
モデルプロフィール

- 名前:櫛山ももえ
- 生年月日:1995/7/17
- 出身地:愛知県名古屋市
- 職業:日本大学
- 受賞歴:ミスコンテスト日本大学2016ファイナリスト
- 趣味・一言:読書の秋♡たくさん本を読む!
- 最近の悩み:夜更かしが続いていること!早寝早起したい!
- Twitter:@miss2016no2nu
- 他リンク:投票 misscolle.com/bunri2016
- 毎日美女大学 bijodai.grfft.jp/contest/
(カメラマン:伊藤広将)
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