日常にあるおいしい香り 『夜中にジャムを煮る』

夜中にジャムを煮る

  • 著者:平松 洋子
  • 出版社:新潮社
  • 発売日:2011/11/28

 

料理を作る、その前に。台所から始まる人と人を繋ぐ美味しいレシピ

「お袋の味は?」と聞いてみると答えは三者三様で、具の崩れた見た目の悪いカレーだったり、味に例えようがないナポリタンのようなパスタだったり。それでも時々昔のことを不意に思い出しては、無性に食べたくなってしまう不思議な味だったりする。

生まれてから毎日、当たり前のように食べてきた食べ物の裏側には、その人の人生と物語が貼り付いている。
このエッセイには著者である平松さんと台所、そして食べ物との心地よい関係が詰まっている。ページをめくる度に懐かしいいつかの香りと、出会いたくなる香りを感じるのは私だけではないだろう。

「漆」の器に感じる温もりと時の流れ

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この章は、平松さんが愛用して使っている漆の器にまつわるお話である。
平松さんは初めから漆の器が好きだったわけではなく、むしろ漆の器が持つ特別感が苦手だった。日本では漆の器をイベントごとやお祝いごとといった特別な日にしか使わないことが多い。しかしある時バンコクで出会った、特別ではない気候風土の形にあったたくましい漆器に魅了される。

日本でも同じものがないだろうか、と探した末に見つけたのが漆家夏目さんの作る根来塗だった。どんな料理を盛ってもよく馴染み、気楽につきあえる器。手入れも簡単で使うほどに味が出てくる。やがて夏目さんが亡くなり二度と買うことが出来なくなった根来塗。それを手放した時のことを“漆の茶碗との間に築かれていったのは、薄紙を1枚1枚重ねるようにゆっくりとした確かな関係”だと平松さんは述べる。
毎日毎日手に馴染み使ってきた器には、時の流れと温もりが染み付いている。そういえば、いつも使っている茶碗から温もりや時間を感じることを私たちは怠っていないだろうか?

のちに平松さんは輪島塗芸家の夏目さんと出会う。「使える漆器を作りたい」彼の輪島塗に帯する愛情と丁寧な手仕事は、言葉の節々と文脈から伝わってくる。
料理を盛る器。そこには様々な人生と温もり、そして毎日を彩る物語がゆっくりと蓄積されていく。

夜中にジャムを煮たくなる

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文庫のタイトルにもなっている「夜中にジャムを煮る」。このエッセイは、「フルーツの食べ頃を測るのはなかなか、難しい」という平松さんの体験談から始まる。うっかり気を許してしまいフルーツの食べ時を逃してしまったという経験は誰でもあるだろう。

「くだものは、なまもの」だし、絶妙なタイミングで都合よく時間が止まってくれやしない。そんな時に思い付いたことがジャムを煮る、ということだった。ジャムを煮ることを平松さんは「おたがい、いちばん幸福なときに鍋のなかで時間を止めてしまう」と表現している。なんとも素材ひとつひとつへの愛情を感じる表現だ。

ジャムを煮ることは難しそうに思えて意外と簡単なようで、ページをめくるたびに艶やかなフルーツと甘い砂糖の香り、そしてグツグツと音を立てるお鍋の湯気が鮮明に浮かびあがってくる。
平松さんは最後にもうひとつ、ジャムを煮るとっておきの楽しみかたを教えてくれる。それは「夜ふけの静けさのなかで煮る」こと。
“暗闇と静寂のなかでゆっくりとろけてゆく果実をひとり占めにして、胸いっぱい幸福感が満ちる”
音を失った夜に充満する甘い香りに出逢いたいのは、きっと私だけではないだろう。

台所に溢れる、人生の温もり

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「台所」にまつわる17のエッセイは心の中をゆっくりと、おいしい暖かさでいっぱいにしてくれる。それぞれのエッセイが全く違う素材や用具をテーマとしているので、ぜひ読んでみて欲しい。

冒頭のエッセイで平松さんは“よろこびがふくよかにふくらんだのは、食べること、つくることの距離がじわじわ縮まり、ひとつに重なりあっていったからだ”と述べている。この一言に本書の真髄がギュッと詰まっている気がする。
食べることと、作ること、そして台所にある全てのものに愛情というひと手間をかける。だからこそ、ひとつひとつのものに人と人との物語が生まれて、「食べること」が豊かになっていくのではないだろうか。

本書には平松さん直伝のレシピも掲載されている。17番目のエッセイを読み終えるころには、お腹もだいぶん減っているだろう。さて、今日はどれを作ろうか。

今日のポイント

  1. 台所にある食器や食材に愛情を注いでみる。
  2. 「食べること」を通じて自分だけの物語を作っていく。
  3. 自分だけのこだわりのひと手間を持ってみる

夜中にジャムを煮る

  • 著者:平松 洋子
  • 出版社:新潮社
  • 発売日:2011/11/28

モデルプロフィール

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  • 名前:増渕絵理
  • 生年月日:1993/7/3
  • 出身地:栃木県
  • 職業:会社員
  • 趣味・一言:映画鑑賞、海外旅行・仕事はIT企業のM&Aをやってます!
  • 最近の悩み:温室育ちが抜けられない
  • Instagram:@erinooooon

(カメラマン:伊藤広将)

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本to美女選書

WRITERこの記事を書いた人

そらい なおみ

言葉、コラージュ、写真等の作家活動を通じて大切な何かを伝えられたらと思っています。 2015年東京銀座にて個展開催、2016年ロンドンでの企画展参加。ライターとしても精力的に活動中。 幼い頃から「本」を通じて大切な感情を学んできました。その分「本」を通じて「本」に恩返しが出来るといいなぁと思っています。