『狂気の科学』 純粋すぎる知的好奇心と奇妙な実験たち

埋もれてしまった科学の遺跡

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氷山の一角、という言葉は皆さんご存知だろう。目に見える部分は全体の一部に過ぎないという意味で使われる言葉だ。そしてこの言葉は日々の生活を支えている科学技術にこそふさわしいと僕は思う。
コンピュータやスマートフォン、航空機に自動車、照明にガスコンロと僕たちの身の回りにある科学技術の結晶は数え上げればきりがない。生活を豊かにしてくれる多くのものたちは、今は姿を消してしまった、あるいは存在したことさえも忘れ去られてしまったものたちの上に立って、やっとのことで僕たちの前に顔を出しているのだ。

最先端の科学について述べた本は数多あるが、埋もれてしまった科学の遺跡たちについて記した本は希少だ。現在の科学へと発展していくものは科学史の中にその名を刻んでいるが、何の実りももたらさなかった試行錯誤の過程は日の目を見ることなく忘れ去られてしまうのだ。

ともすれば忘れ去られてしまう、科学における失敗の歴史をまとめたのが本書「狂気の科学」だ。狂気、という言葉から残酷非道な実験の数々を面白おかしく紹介する本を想像した人もいるかもしれないが、決してそうではない。

時系列に沿って紹介される実験たちは現在の僕たちからしてみれば馬鹿げているように見えるものも確かにある。しかし科学者たちはいつだって真剣そのものなのだ。常に好奇心を持って世界を見つめ、自分の考えを実証することに全力を尽くしてきたのだ。時には成功に歓喜し、時には失敗に嘆息し、時には大失敗に打ちのめされる。そんな日々の中でも決して諦めず、自らの信じる道を突き進む科学者たちの姿に学ぶところは多くあるはずだ。

眠りの科学

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数ある試行錯誤の物語の中でとりわけ心惹かれたのは、睡眠に関する実験の数々だ。現在の科学では睡眠は、脳内で日中に起きた出来事の整理整頓を行い、筋肉その他組織の修復が行うために必要な行為であると認識されている。

疲労回復のために睡眠の質を高めることに熱心な方もいることだろう。こうした睡眠に対する考えに到達するまでは、睡眠とは一体なんなのか、そして本当に必要なことなのかなど多くの疑問が解決されてきたのだ。ここではこうした疑問に正面から取り組むも儚く散った実験を紹介しよう。

この実験は「ヘトヘトに疲れた犬」と題されたもので、1894年に行われたものだ。この実験がもたらした唯一の知見を先に述べよう。

「睡眠は高等生物にとって重要である。」

でしょうね、と思ったのはあなただけではない。当然じゃないか、研究のし過ぎで頭がおかしくなってしまったのではないかと思われた方もいるかもしれないので、この実験を行ったロシア人科学者のマリア・デ・マナシンの名誉のために実験概要を紹介しよう。

実験の行われた当時、一部の極端な科学者たちは睡眠は何の役にも立たない単なる習慣だと考えていた。端的に言えば眠らなくたって大丈夫だと考えていたのだ。こうした睡眠を軽視する態度を永遠に葬り去ったのがマリアの実験だ。

4匹の子犬を長時間眠らせず、そのために死んでしまうまで起こし続けた。最初の一匹が死んだのは96時間後で最後の一匹が死んだのは143時間後だった。彼女はさらに6匹の犬を使い、96〜120時間起こし続けた後に元気を回復させようと試みたが6匹全てが死んでしまった。この実験によって、「動物にとっては、食物の完全な欠乏よりも、全く睡眠が取れないことの方が致命的だ」ということが実証されたと彼女は説明している。犬は餌を20〜25日間食べられなくても死なず、その後は自力で元気を回復したそうだ。

この実験がなぜ後世に名を残さなかったかというと、犬が死んだ本当の理由を突き止めたわけではないからだ。着眼点や手法に大きな問題があったわけではないが、(サンプル数が少ないことや犬の命に対する倫理的問題は置いておくとしてだが、)睡眠のメカニズムを解き明かすことはできなかったのだ。

結果だけ見れば、なんてことはない僕たちの感覚に合った当然のことのように思えることだろう。しかし、多くの人が当たり前と受け止め考えようとさえしないことに真剣に取り組み、理解しようとする姿勢が彼女が科学者たるゆえんなのである。

純粋な好奇心

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科学者という人種は、知的好奇心にどこまでも正直である。おもちゃを前にした子供のように、興味の対象に向ける瞳は輝き、嬉々として実験に取り組む。彼らは失敗を恐れてなどいない。このやり方が上手くいかないことが分かったと肯定的に捉えることで失敗のその先にある成功を常に見据えていく。たとえ人に笑われようとも、自身の内側から湧き出る純粋な知的好奇心を糧に信じる道を突き進んでいく。

皆さんの心にはどんな好奇心が潜んでいるのだろうか。
忙しない日々に心身ともに擦り切れ、好奇心などとうの昔に忘れてしまったという人もいることだろう。これからの人生をどう過ごしていけばいいのか、自身の好奇心にまだ出会っていない人もいることだろう。

いかなる日々を過ごそうとも、たとえ歴史に名が残らずとも、あなたが全力で生きた人生は、連綿と続く人類の営みの一部としてこの世界に影響を及ぼしていく。日の当たる頂点ばかりが全てでは決してない。多くの名もなき人々こそがこの世界を形作ってきたし、これからも形作っていくのだ。

今日を一生懸命に、明日も胸を張っていられるように、次の一歩を踏み出していこう。

今日のポイント

  • 成功への道のりを正確に見通すことは誰にも出来ないこと
  • 全力を尽くしたものは必ず誰かの心を打つこと
  • 記録に残らなかった人たちの試行錯誤の積み重ねが未来を形作ってきたと覚えておくこと

狂気の科学―真面目な科学者たちの奇態な実験

  • 著者:レト・U. シュナイダー
  • 出版日:2015/5/14
  • 出版社:東京化学同人

モデルプロフィール

nakajima_profile
  • 名前:中島菫
  • 生年月日:1991/06/28
  • 出身地:東京都
  • 職業: 帝京大学 医学部
  •  受賞歴:ミス理系コンテスト2014 グランプリ
  • 趣味・一言:日本はごはんがおいしい
  • Twitter:@loveration0628
  • Youtube:SUMIRATION (すみれーしょん)

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