『理系の子』明晰な頭脳と鋼の意志で未来を切り拓いた子供たちの物語

「夢とは渇望だ」

自分の本当にやりたいことは何なのか。この問いは人生のあらゆる場面で直面するものであり、自分以外、いや自分自身でさえもこの問いに完璧に答えることはできない。答えが出ない問いにどう向き合っていけばいいのか。それすらも明確な答えなどない。

「夢とは渇望だ」この言葉は、NASA JPL(アメリカ航空宇宙局ジェット推進研究所)の科学者小野雅裕さんが僕にくださったサインに書かれていたものだ。大学2年生だった当時、これからの人生をいかに生きていくのか頭を抱えていた僕は、小野さんのサインをきっかけに自分の中にある「渇望」に辿り着くことになる。

「夢」という単語は全てを覆い隠してしまう。そこに到達するまでの苦しみや悲しみ、切なさといったあらゆる感情を、見栄えのする煌びやかなものの中に埋めてしまうと僕は感じている。真夏の夜に街頭に群がる虫の如く、光り輝く「夢」に魅せられた人々が散っていく様を見て「夢」という言葉の危うさに気づくようになった。蓋を開けられた「夢」から飛び出してくる艱難辛苦を乗り越え自分の望む景色を見ることのできる人に唯一共通するものがあるとすれば、それが「渇望」に他ならない、僕はそう思う。そうなったらいいな、ではなく、そうでなければ・そうあらねば生きていけない、という絶望にも近しい感情から発せられる叫びのみが、ともすればその場に立ち尽くしてしまうような状況に追い込まれた人に次の一歩を歩ませるのだ。
この「極負の原動力」ともいうべきものが「渇望」と呼ばれるものの正体だろう。勇気は他の何かに対する恐怖からのみ生まれるというが、夢もまた自分を損なう恐怖を知った人にだけ叶えられるものなのだろう。

本書「理系の子」に登場する子どもたちの「渇望」は、「知的好奇心」という形をとって現れる。

人生の意味

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本書に登場する子どもたちは皆、自分の心に素直になることの出来た子たちだ。
素直になる、ということの難しさは年を経るにつれて皆が実感するところだろう。周囲の目、他にも道はあるよという囁き、そういった外部のものをはねのけ自分の意志に従って行動する勇気には凄まじいものがある。彼らが勇気を知り、身につけ、発揮する機会をもたらしたのが、他でもない「科学」なのである。

インテル国際科学フェア、平たく言えば高校生による科学オリンピックだ、が本書の舞台である。眼鏡をかけた神経質そうな少年少女がいかに天才的な発明をし、将来いかに有望であるかを科学の専門家が説明する、そんな本では決してない。ここで描かれているのは、一人の子どもが、自分を取り巻くあらゆる困難に決して屈することなく、自分の力を信じて突き進み、生きていく上で大切なことを学び、周囲の人の愛のある支援を受けながら、一回りもふた回りも人間として成長する、そんな物語だ。

それぞれが独自の輝きを放つ物語たちの中で、僕が心惹かれたのは「手袋ボーイ」だ。

この物語の主人公ライアンは、2歳のクリスマス、サンタクロースに延長コードをくださいとお願いするくらいには電気を愛していた。3歳の時はスイッチが光るマルチプラグ、4歳の時はチェーンソーをサンタにお願いした。8歳になったライアンはとうとうロボットの作成に取り掛かった。そんなある日彼は母に言う、学校に行かなくてもいいかな、と。ずば抜けて頭のよかったライアンが学校や周囲に期待を持てず、自分一人でロボットを作っている方が楽しかったのだ。ライアンの知的好奇心は彼自身でも制御できないほど大きなものになってしまったのだ。そんな息子の気持ちを尊重した両親は、年老いた物理学者ジョンをライアンと引きあわせる。一線を退いたジョンが後進教育に力を入れているとの噂を聞いてのことだった。初めは小学校3年生の男の子に何を教えるというのだろうと思っていたジョンだったが、ロボットについて議論することを通じて彼の考えは一変する。ライアンは紛れもない天才であると。こうして52歳も歳の離れた2人は心通わせていく。

僕がこの物語を気に入ったのは、ジョンの好きな言葉「40年働いたあとで、人生にはふたたび遊んで暮らせる時期が訪れる」によるところが大きい。確かに本書は子どもたちの物語なのだが、同時にそれを支える大人たちの物語でもある。ライアンを教え導くジョンは自分の人生の終わりが目前に迫り、自分の人生の価値を問うた。果たしてこれで本当によかったのだろうか。こうした不安の中で出会ったのがライアンだったのだ。知りたい、その気持ち一つで目を輝かせるライアンに出会ったことで、彼を教え導くこと、そして彼と一緒に科学を楽しむこと、それが自分のこれからを生きる意味なのだとジョンは考えるようになった。のちにジョンは子どもたちの科学センターを立ち上げ、子どもたちに科学の楽しさを伝えることに残りの人生の意味を見出した。

科学を通じて、これからの時代を生きるライアンとこれまでの時代を作ってきたジョンが交わり、互いのこれからの夢に向かって進んで行く、そんな2人の姿を想像すると僕の心は温かい気持ちでいっぱいになる。

僕の人生の意味

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ライアンにとっての電気のようなものは僕にもある。宇宙だ。3歳の時に銀河のポスターに心を鷲掴みにされて以来、僕の心の真ん中にはいつも宇宙があった。どんなに巧みに自分を誤魔化そうとしても、宇宙に対する思いだけは消えてくれなかった。宇宙を目指すのをやめた瞬間に僕の世界は灰色と化す、そんな予感が確かに胸の内にある。僕の「渇望」は宇宙へ向かうこと。そして努力し続けた先に人生の意味が、見たい景色がきっと僕を待っている。それが人生のどのタイミングで訪れるのかは誰にも分からない。それでも僕はひたすらに前へ、次の一歩を踏み出していきたいと思う。

今日のポイント

  • 自分の心に素直に従うこと
  • どんな状況でも希望を持って最善の努力をし続けること
  • 支えてくれる周囲の人への感謝を忘れないこと

理系の子―高校生科学オリンピックの青春

  • 著者:ジュディ ダットン
  • 出版日:2012/3
  • 出版社:文藝春秋

モデルプロフィール

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  • 名前:小野万里
  • 生年月日:1995/06/02
  • 出身地:埼玉県
  • 職業: 慶應義塾大学
  • 受賞歴:慶應矢上祭 理系美人コンテスト ファイナリスト
  • 趣味・一言:ピアノ、バドミントン

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