【伝える力①】サークル幹事長でもボランティアでもいいじゃない! 『時をかけるゆとり』に学ぶ、フツーの体験を「ガクチカ」にする方法

時をかけるゆとり

  • 著者:朝井 リョウ
  • 出版社:文藝春秋
  • 発売日:2014/12/4

「学生時代、すごい体験なんて、僕はしてないんです」

OB訪問を受けるたび、こういう質問を受ける。

「ガクチカ」
これは「学生時代に力を入れたこと」の略。
ここに書く、人とは全く違うオリジナルで、誇るべき体験をしていない、という。

全く気にする必要はない。
人気企業ともなれば何万通と応募が来る中で、誰とも被らないエピソードを書いている人間は多分数人しかいない。

大切なのは、「その時感じたこと、それに懸けた想いを、自分の言葉で表現できるか」であると思う。
体験の種類は人と同じでも、感じたことはその人だけの経験であるはずだからだ。

新たな問題は、自分だけの思い出、感情を人にわかるように伝えるためにはどうしたらよいのか、ということだろう。

身の回りの経験を、自分の言葉で伝える。
その教科書として、今回はエッセイを紹介したい。
朝井リョウの『時をかけるゆとり』である。

あれ、これは僕もしたことあるぞ


朝井リョウは早稲田大学在学中に作家としてデビュー、最年少で直木賞を受賞した、まさに平成生まれの若者代表、とも呼べる作家だ。

本書は著者の身の回りで起きたこと、つまり大学時代の話で構成されている。
一例を挙げると、こんな感じ。

・京都までチャリで行った話
・脱出ゲームで脱出できなかった話
・行きたかった島の代わりにいった島が意外と面白かった話

等々、お題目だけみれば、近しい誰かが、どこかでやっていそうな話ではある。

これを、きちんと読み物にするところに著者の技術があるし、そこから学べることもきっとあるはずだ。

徹底的に平易にすること


感情をオリジナルにしよう、と思って言葉までオリジナルにしてしまうことは避けたい。

ただオリジナルな言葉を書き連ねたところで、読む人に負担を強いてしまうだけだからだ(基本、そんな面倒なことはしてくれないと思って書いたほうがいい)。

もう少し説明を加えると、オリジナルな言葉を言って言いっ放しは避けるべきだ。

たとえば著者は、大島で見た祭りで、老若男女入り混じって踊っている様を「2つの
命の波がぶつかりあってできる盆踊り」と表現している。

なんとなくは伝わるこの言葉。

著者はこのあと、具体的にこう説明している。
「いま島を支えている若い青年たちがかつてこの島で送った青春、サイズの大きなTシャツを着た少年少女たちが、これからこの島で送る青春、その波がぶつかりあうところで、大声を上げながら、汗をかきながら、この島の踊りが生まれている」

どうだろう。
自分が見たものを、余すことなく、誰もが分かる言葉で伝えている。
それなのに、迫力ある光景はまざまざと浮かぶ。

プロだからできる。そんな見方もできるが、自分の見たもの、感情に向き合い続けた結果が、この文章であると僕は思う。

本書から、オリジナルな体験、感情を、人にわかるように伝えるとはどういうことかを体感してほしい。

こんなお悩みを解決

「ガクチカ」にかけるような面白くて、オリジナルな体験がない
→体験の種類が人と同じでも、自分の感じたことがオリジナルならそれで良い。
朝井リョウのエッセイから、人と同じような体験でも、その人オリジナルの文章になる、ということを学ぼう。

モデルプロフィール

  • 名前:みお
  • 生年月日:1998/12/30
  • 出身地:北海道
  • 職業:大学生
  • 趣味:音楽鑑賞
  • 最近の悩み:湿気がすごい

(カメラマン:村井優一郎)

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WRITERこの記事を書いた人

庭野蹴

同級生に同級生と見られない老け顔(両親譲り)眼鏡(父親譲り)の男性。お母さん方の井戸端会議によく顔を出しつつ、平和な青春時代を過ごす。 血のにじむような努力(とカロリー過多な食事)の末、早稲田大学に入学。授業に来なくなる友人を尻目にいそいそ学問に励む。結果、ちゃっかり論文で入賞したことも。また、(若さゆえ)関係各所に噛みつきながらフリーペーパーの制作もしていた。現在は社会人。