絵を通じて交わる二人の青春小説『黄色い目の魚』

黄色い目の魚

  • 著者:佐藤 多佳子
  • 出版社:新潮社
  • 発売日:2005/10/28

一週間テーマを決めて本をご紹介しておりますが、今週はこころがほっこり温かくなり、日々を歩き続ける光に出会えるような物語をお届けします。

みなさんは自信を持って、「好き」と言えることやものがありますか。私にとっては本(特に小説)がそうでした。今生きているこの世界以外を体験することができる本の世界。私のことを過去にも、未来にも、連れて行ってくれる魔法。

『黄色い目の魚』は、好きなものを通じて、高校生の女の子と男の子が、彼ら自身や、二人の間につける関係の名前を少しずつ変えていく物語です。

世界はいつもただそこにあり続けるだけなのに、時には輝きに満ちあふれた愛すべき対象として、またある時には悲しみに染まった灰色の景色のように、意味や距離感を変えて行きます。
本書の登場人物たちにとってもまた、繊細で敏感な青春時代に誰かの言葉や行動によって、せわしなく世界の意味が変わっていく。

みのりや木島には、世界はどんな風に写っているのか、覗きに行きましょう。

黄色い目の魚

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本書のタイトルにもなっている、黄色い目の魚は、みのりの叔父でイラストレーターの通ちゃんのアトリエの壁にいます。
みのりが小学校のとき、動物という課題で、三角の黄色い目をした太った魚を描いて、先生に「みのりちゃん、魚は動物じゃないのよ」と言われたもの。
通ちゃんは黄色い目の魚をもとに、「サンカク」という魚のキャラクターをつくり、へんてこりんな漫画にしました。

みのりはサンカクそのものだと−みのりは腹を立てすぎる、文句たれ、仏頂面、少しは女の子らしくしなさい—お父さんも、お母さんもお姉ちゃんもみんなみのりを嫌っていると、少なくともみのりは思っています。
みのりが見る世界は嫌いなものであふれすぎていて、みのりの心はいつもささくれ立っている。

本や映画の主人公たちは、弱さや痛みなどは描かれていることが多いですが、「嫌い」ということをここまで明示しているのは、珍しい気がします。
しかしそれによって、みのりがまるで生きているように、現実感のある存在として描かれているように感じます。

たくさんの嫌いと少しの好き

みのりは、勉強もテストも、担任の先生も部活の先輩も制服のミニスカートも美容院の店員もみんな嫌い。まるで世界から嫌いを見つけるのが得意なよう。
そんなみのりは、通ちゃんのアトリエが世界で一番好きな場所で、通ちゃんも、通ちゃんの絵も、通ちゃんちの猫の弁慶も大好き。
通ちゃんはみのりが唯一心を開ける存在です。

本書からみのりの異端さを感じることがありますが、彼女のことはどうしても憎めなくて、読み進めるうちにむしろ好きになってしまいます。
それは、多くの嫌いなことがあるからこそ、好きが大好きなのかもしれないと思わせられる描写のせいかもしれません。

落書き

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本書のストーリーをにぎるもう一人の登場人物が木島。木島はみのりの高校のクラスメイトで、授業中もずっとクセのように落書きを書いている男の子。木島は先生やクラスメイトなど身近な人たちの落書きを書くのですが、いやな感じでとても似ている絵を描きます。

ある日みのりは、もともとの強気な性格から、クラスメイトで友人の女の子・須貝さんと喧嘩をしてしまいます。須貝さんも須貝さんで強気な性格のため、その気になれば他のクラスメイトと一緒にいる事も出来るのにまるでみのりへの当てつけのように断固として一人で過ごします。
みのりは、すぐに誰かを嫌いになる自分が怖くて、嫌いな気持ちは仕方ないけれど言葉にしないことで誰かを傷つけないようにしていたのに、須貝さんともうまく行かない。

そんな時、木島が須貝さんの落書きを書いているのをみのりは見つけてしまいます。彼が書いている須貝さんがかわいそうなほど似ていて、滑稽でみっともなくて。
みのりは立ち上がりクラス中の注目を浴びながら木島に聞きます。
「なんで、こういうの描くのよ?」
「なんで人のヤなとこしか見えないの?」

人の嫌なところばかりが目につき、すぐに人を嫌いになるみのりは、だからこそそれが伝わらないように、誰かを傷つけないように生きているのに、木島は堂々と絵を描くなんて、と。

二人をつなぐ「絵」

そんな中、美術の時間に、クラスメイトの絵を描き合う授業があり、偶然が重なり木島とみのりはお互いを描き合うことになります。
みのりは木島が描き始めた瞬間、木島の視線に射すくめられ、捉えられてしまったかのように動けなくなります。音も温度も失った、木島と二人だけの世界。木島の描く絵を、みのりはとてもきれいだと思います。みのりは絵が出来て行くのをみるのが好き。いい絵ができていくのを見るのが何より一番好き。絵のそばにいたい。好きな絵のそばにいたい。と、どうしようもなく惹き付けられていきます。

教師の指示とは異なる事をしたことで、木島は美術室から出て行くように言われてしまいます。みのりは教室の中で最高の絵描きがいなくなったこと、もっと見ていたかった絵がなくなってしまったことに呆然としてしまう。そしてみんなの視線を集めながら、教室を飛び出します。
木島が続きを描きたいのではないかと思ったから。

本気になるのはこわい。限界が見えてしまうから。

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木島は、美術の時間にみのりを描いてから、みのりの絵をよく描くようになります。キャラクターとしての輪郭みたいなものが見えにくいみのりをうまく描けず、いつもみのりを観察してはせっせと絵を書き続けます。

木島はサッカー部で、キーパーをやっているのですが、彼の1つ上の先輩のキーパー・本間さんがもうすぐ引退してしまうので、彼の技を盗もうとただひたすらに見続けています。木島は絵を描くためにみのりを、サッカーがうまくなりたくて本間さんを、見続ける事で何かを得ようとしている。

みのりと話す機会が出来た木島は、みのりの絵を描いているけどなかなかうまくかけないことを伝えます。絵を描くために、みのりをよく見ている事も。
みのりはそんな彼にこんな言葉をかけます。
「もっと描いたら?絵をたくさん」
「もっと」
「本気で」
みのりの言葉に木島は、どきりとします。本気でやることによって限界が見えてしまうのがこわいと。限界を見たら自分は、二度と立ち直れない気がすると。

サッカーを通じて、本気になる経験ができた木島は、みのりを描き続けて行きます。絵を描くために、自宅にみのりを呼んだりと、二人の距離感に変化が生じます。

しかし、木島は自分が納得出来る絵をなかなかかけない。
今描いている絵は何かが違う。
「俺が村田さんを見て感じる物を形にしたいんだ。」と。

オセロ

みのりの世界で大切なものは通ちゃんだけだったのにいつの間にか木島がとても大切な存在になって行きます。
みのりの心からキライが減って、好きだが増えてくる。ずっと望んでいてなかなか叶いそうもなかったことが、木島一人を好きになっただけで、明るい濃い色が染みていくように、じわじわと好きが増えて行く。世界が広がって行く。

しかしみのりは、これがオセロのゲームだとしたら、最初の白だった木島を好きな気持ちが黒になってしまったら、また世界がキライの色にもどってしまうのではないか。そんなことを考えます。

木島とみのりの関係は、バーで働いている似鳥ちゃんや通ちゃん、木島の妹などが巻き起こす様々な事象によって、世界は光り輝いたり、悲しみにあふれたり、と変化していきます。

このオセロのゲームは最終的に世界を好きの色にするのでしょうか。キライの色にするのでしょうか。

移ろう二人の気持ちと関係。それぞれが真剣に向き合う「絵」。
オセロのゲームの結末は、ぜひ『黄色い目の魚』を呼んで、見届けてほしいです。

本書は、自分にとってのオセロのゲームを、自分がなりたい結末にもっていけるように日々を歩んでいく、ヒントになる気がします。

明日の世界は好きや幸せの色に見えるようにと、この本をみなさんに届けたいです。

黄色い目の魚

  • 著者:佐藤 多佳子
  • 出版社:新潮社
  • 発売日:2005/10/28

モデルプロフィール

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  • 名前:Eri
  • 生年月日:1992/08/20
  • 出身地:静岡県
  • 職業:本to美女専属モデル
  • 趣味/一言:梅酒をつくっています
  • 最近の悩み:早起きが苦手です

(カメラマン・Rimi Sakamoto/個人サイト・http://www.rimisakamoto.net/

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WRITERこの記事を書いた人

渕田 悠子

アッパー系な会社に勤めながらもインドア派を貫く社会人3年目。本の虫だった母の影響で、幼少期からの趣味は読書。読むのはもっぱら小説と漫画で、今のお気に入りは大好きな後輩におすすめされた、よしながふみ先生の『フラワー・オブ・ライフ』と、会社の先輩におすすめされた原泰久先生の『キングダム』。二作とも、私の心を震わせまくった作品です。 皆さんに、心が震える最高な本との出会いを提供できればと思ってます。