人生は、きっと短い『わたしを離さないで』

2017年にノーベル文学賞を受賞した作品『わたしを離さないで」。本書は、日系イギリス人作家であるカズオ・イシグロ氏が2005年に発表した長編小説だ。今日に至るまで映画化はもちろんのこと、2014年には蜷川幸雄演出で舞台化、2016年には綾瀬はるか主演でテレビドラマ化までされている。

「人により解釈が異なる、ヒューマンストーリー」と語られることが多い本書だが、私はそこに静寂の具現化を見たような気がした。沸々と煮えたぎることのない感情が、水面下でずっとずっと続いているような感覚。読み終えてしばらく経つが、今でもその静寂を引きずっているような気がしている。

わたしを離さないで

  • 著者:カズオ・イシグロ
  • 出版社:早川書房
  • 発売日:2008/8/22

人生は短い、ということを伝えたかった

カズオ・イシグロ氏は本書がドラマ化をしたときのインタビューで「人生は思っているよりも短い、ということを伝えたかった」と述べている。本書の舞台は1990年代のイギリス。「介護人」と呼ばれているキャシーが過去を回想するシーンから、物語が進んでいく。
キャシーは、幼いころから友人のルーシーとトミーらと一緒に、ヘーシャムと呼ばれる外界から隔離された学校で暮らしていた。学校と言っても絵を描いたり詩を書いたり健康診断をしたり、他の学校とは学習する内容が異なる。それもそのはず。このヘーシャムで育った子供たちは「提供者」と名付けられ、外界への臓器提供のために育てられていたのだ。
ヘーシャムを卒業すると、すぐに臓器提供が始まる。彼らは4回ほどの臓器提供をすることで、その人生を全うしてしまうのだ。人生は、とても短い。そして、自らの運命と使命を知っている。本書は、そんな彼らの人生を淡々と映し出していく。

「失くしたものが集まる場所」

「提供者」になることを一定期間免除される仕事が1つだけあった。それが「介護人」だ。介護人は、臓器を提供して弱っていく提供者の介護や手助けをするのが仕事である。介護人になったキャシーは自らが臓器提供をすることはないのだが、ルーシーやトミーが臓器提供を繰り返し、どんどん弱っていく姿を目の当たりにする。そして、とうとう最後には自分にも臓器提供の通告がやってくるのだった。

物語の終盤では臓器提供を繰り返し亡くなった友人を想い、ノーフォークで立ち尽くすキャシーの姿が印象深く描かれている。そこは「失くしたものが集まる場所」。幼いころから失い続けてきたものが色褪せることなく、すべて打ち上げられる場所。彼はしばらくすると涙をぬぐい、車のエンジンをかけるのだった。

一人一人に寄り添うヒューマンストーリー

本書のあとがきにあたる解説で柴田氏は「この小説は、ごく控え目にいってもものすごく変わった小説であり、作品世界を成り立たせている要素一つ一つを、読者が自分で発見すべきだと思う」と述べている。そこには、確固たる世界や信念があるからだ。ぜひ、手にとってこの世界観に触れてみてほしい。

読後何日経っても、蘇る印象的なシーンがある。臓器提供者が大切な記憶が色褪せて困る、と話すとキャシーは空かさずこう言うのだ。

「私の大切な記憶は、以前と変わらず鮮明です」
人生は、短い。失うことや失うものを知っていたとすれば、そこに忘却はないのかもしれない。

わたしを離さないで

  • 著者:カズオ・イシグロ
  • 出版社:早川書房
  • 発売日:2008/8/22

モデルプロフィール

  • 名前:堀越葉月
  • 生年月日:1998年8月31日
  • 出身地:茨城県
  • 大学:慶應義塾大学
  • Instagram:@hazukihorikoshi

 

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WRITERこの記事を書いた人

そらい なおみ

言葉、コラージュ、写真等の作家活動を通じて大切な何かを伝えられたらと思っています。 2015年東京銀座にて個展開催、2016年ロンドンでの企画展参加。ライターとしても精力的に活動中。 幼い頃から「本」を通じて大切な感情を学んできました。その分「本」を通じて「本」に恩返しが出来るといいなぁと思っています。