「もどかしい」という感覚を思い出す 『しょうがの味は熱い』

しょうがの味は熱い

  • 著者:綿矢りさ
  • 出版社:文藝春秋
  • 発売日:2015/5/8

 

「もどかしい」という感覚を思い出す

kobayashi1

1日1ピースずつ、丁寧に積み上がっていく不安定なジェンガのように気持ちばかりが先走り、崩れる手前になってこの気持ちをどうやって渡せばいいのか分からない。人を好きになる「好き」の続きは想像していたよりも遥かにハードで、疑問符ばかりが部屋中に、身体中に散らばる。矛盾に近いこんなもどかしさを誰もが1度は経験したことがあるだろう。

この物語は、そんな懐かしい「もどかしさ」を思い出させてくれる。奈世は、彼のことが何よりも大好きで生活の全てが彼一色。仕事もアルバイトをしている程度で、生活の大半を彼に委ねていた。それとは反して仕事が忙しく、冷静で几帳面な絃。そんな二人が同姓から次のステップへと進む心情と情景がとても丁寧に描かれている。「好き」も「結婚」も言葉にしてしまうといとも簡単で、誰にでも出来ることのように感じる瞬間がある。その言葉の裏に貼りついた湿っぽさや焦れったさを「あの頃」の自分に重ねてしまうのは、私だけではないだろう。

誰にでもある漠然とした不安

kobayashi2

物語の中で奈世は、なんとなく続く絃との同棲生活に漠然とした不安を抱えている。このままダラダラと同棲生活を続けることもできるのだが、そこはまだ自分たち二人の居場所にはなっていない空間で、自分の存在価値に漠然とした不安を抱えている。そんな奈世は同棲3年目のある日、一人で市役所まで行き婚姻届けを貰ってくる。期待と不安を募らせ花束とケーキと一緒に婚姻届けをテーブルに並べて、絃の帰りを待つ。

しかし、仕事から帰ってきた絃からの答えは奈世の理想とかけ離れたものだった。この物語のおもしろいところは、奈世と絃、それぞれ二人の視点から今の状況が語られているところだ。男女でこんなにも「漠然とした不安」の正体は違うものなのか。始めてしまったものを続けるうちに生まれる歪みが胸をぎゅっと押し付ける。昔の様々な感情を蒸し返すのは容易いようで、きっと難しい。見えない未来に揺れる気持ちの香りや景色までもが、鮮明に日常の色を使って描かれている。

恋に努力は必要か

kobayashi3

二人の間で「結婚」という答えが出せない日々が続く。喧嘩が続き同棲生活を続けていく理由が分からなくなった奈世は、アパートを飛び出し久しぶりに実家に戻る。初めのうちは絃のことばかりを考えていた奈世だか、家族との時間を過ごし、ゆっくりと時間が経つにつれて自分が絃に合わせすぎていたことや執着しすぎていたことに気付く。そして、別々に暮らし始めてから初めての奈世のバースデーに絃はある決断をする。

kobayashi4

この決断と奈世の答えは、この本を手に取ってぜひ確認して頂きたい。
奈世は物語の最後で「あともう少しがんばれば幸せになれるかもしれない。でも愛や結婚は、あともう少し、と努力するものでしょうか」と語っている。散々相手に合わせて生きてきた奈世がこの言葉を放ったことに、この物語の芯はあるのではないだろうか。恋は盲目とはよく言うもので、好きな人の全てになりたいと思った経験が少なからず私にはある。

でも必ずそういう恋には終わりが来るのは、恋に「あともう少しの努力」は必要ないからかもしれない。前触れのない優しさや居心地のいい香り。本を読みながら五感を満たしてくれる物語です。

しょうがの味は熱い

  • 著者:綿矢りさ
  • 出版社:文藝春秋
  • 発売日:2015/5/8

モデルプロフィール

kobayashi_profile

(カメラマン:伊藤広将)

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

本to美女選書