あの日繋いだのは、未来か紙か。『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている』

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「紙が作品世界の印象を決定づける」と著者は言う。

ページをめくる行為そのものがリズムを生み、質感がその本の印象を決める。
読書の中心に、紙はいつもある。
装丁が顔なら、紙は心、中身であると言えるだろう。

本書は、紙に魂を込めた職人たちのある物語だ。

町のすべてを失ったあの日

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日本製紙石巻工場は、どんな紙の要望にも熱き職人魂で応えてきた日本有数の製紙工場だ。

日本の洋紙の約4分の1はこの工場で作られ、世界的に有名な雑誌もその高い技術に惚れこんで、この工場の紙を使用していた。
石巻全体の誇りであり、市民の心の拠り所でもあった。

まさに日本の紙の中枢を担っていた石巻工場は、5年前のあの日に一変した。
2011年3月11日。
東日本大震災が東北、そして石巻のすべてを変えてしまった。
奇跡的に従業員の犠牲者はゼロだったものの、工場は甚大な被害を受けた。
1階部分は全て水没し、100kgある金庫は天井近くに打ち上げられていた。
水が引いた後に残ったのは、2メートルにもなる瓦礫と、流れ込んだ多数の車や民家だった。

その光景を前に、誰も復興などすぐには考えられなかった。
本書には石巻工場に関係する人々の震災直後が詳細に描かれている。
その描写はあまりに生々しい。
報道で多くは語られない、人間の闇も隠さずに記録されている。
本書では、目の前に起こる出来事でさえ、現実だとは受け止められなかったと多くの者が語っている。
「未来を見据える」が本連載のテーマだが、未来など考えることはできなかっただろう。

確かな未来を見据えられなくても、できること。

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それでも石巻工場は前を向くしかなかった。

石巻工場は石巻の象徴であり、市民の心だった。
そして、日本製紙という大きな会社の中枢でもあった。

工場長、社長は早くから並々ならぬ思いで復興を決意していた。
工場長からの指示は半年で1台の機械(N6)を動かすこと。
その指示が出たのは3月下旬のことだった。

水も電気も通っていない当時、それは無謀にさえ思えた。反感も覚える者もいたという。

誰しも先は見えなかった。
日々報せが届き、そして目の当たりにする状況に、心を痛めた。
それでも、「石巻工場は日本の中心である」、そして「石巻の誇りである」という気持ちにすべての従業員が答えるべく努力した。
時に従業員同士ぶつかり、時に根も葉もないうわさに落ち込んだ。
会社の復興と個人としての復興は別物だ。
しかし、会社も、個人も、家族も、「生活」であることに変わりはなかった。
目の前のやるべきことに打ち込むことで、幅は小さくても確実に一歩ずつ進んでいる実感を得られた。

その当時工場の従業員が見据えていた未来は「N6の再稼働」、ただ一つのみ。
その青写真を各組織の責任者が描き、それを現場の「無名の技術者」たちが形にしていった。

未来を実現するプロセスも考える

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あの日、無理だと思った未来は確実に近づいてきていた。

ある部署が頑張れば「うちで止めるわけにはいかない」と気を引き締めた。
N6は「姫」と称される機械であるからこそ、この想いが届かないわけがないと信じた。

未来は見据えるだけでは近づいてこない。
その未来に向かって歩むことのできる目標を作り、そこに少しずつでも一歩踏み出していくからこそ、見据えた未来は現実のものとなるのだ。
しかし、歩み「続ける」ことはだれにもできない。

作業を焦るあまり、危険な工程を願い出るある作業員を、工場長はこう諫めた。
「やっていいことと悪いことを見極めろ」

見据えた未来を、どんな方法でも達成すれば良いわけではない時もある。
これは勝負ではないのだ。勝てばいい、なんてものではなかった。

工場長は、安全に細心の注意を払った。
半年の工期を目指すことは重要だが、本当に大事なことが何かも同時に見極めていた。
見据えた未来を迎えるために本当に必要なことは何か。
その見極めこそが、真に重要なのかもしれない。
本書のタイトルの一部である「紙つなげ」は業界用語の「紙つなぐ」からきている。
製紙をする際に、何か所かオペレーターの操作により、紙の原料であるパルプのシートを繋がなくてはいけない箇所がある。
そうした作業が無事に済み、最初から最後までシートが通ることを「紙つなぐ」と言う。
これはなかなか一発成功とはいかない作業だ。
数多くの技術者や裏方たちも、何度も作業に詰まりながら、確実に作業を再稼働に繋げてきた。
そして、驚異的なスピードでN6の再稼働を成功させることになった。
すべては気力と一途なまでの実行によるものだろう。

N6の再稼働の日、日本製紙石巻工場で何が起こったのかはぜひあなたの目で確かめてほしい。

今日のポイント

  • 常に未来を見据える必要はない。その時々にやるべきことを必死に行えばいい。
  • 未来を見据え、ひとつひとつ、小さなことでも確実にこなしていく人が必ず必要になる。
  • ただ見据えた未来を実現すれば良いということではない。現実にはその過程についても深く考えていかなければならない。

紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている

  • 著者:佐々 涼子
  • 出版日:2014/6/20
  • 出版社:早川書房

モデルプロフィール

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  • 名前:Eri
  • 生年月日:1992/08/20
  • 出身地:静岡県
  • 趣味・一言:趣味はハープです!
  • 本to美女専属モデル
(撮影協力:森の図書室
 

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WRITERこの記事を書いた人

庭野蹴

同級生に同級生と見られない老け顔(両親譲り)眼鏡(父親譲り)の男性。お母さん方の井戸端会議によく顔を出しつつ、平和な青春時代を過ごす。 血のにじむような努力(とカロリー過多な食事)の末、早稲田大学に入学。授業に来なくなる友人を尻目にいそいそ学問に励む。結果、ちゃっかり論文で入賞したことも。また、(若さゆえ)関係各所に噛みつきながらフリーペーパーの制作もしていた。現在は社会人。