続編〜東大卒元電通女性社員の自殺の原因は「電通」ではない

先日、友人の東大卒電通女性社員の自殺の理由について彼女のパーソナリティから考察した。

「私は東大卒電通元社員と友人だった」 彼女のパーソナリティから読み解く自殺の理由

2016.10.13

今回は、彼女のパーソナリティではなく、少し客観的に、様々なメディアで報道されている、電通の長時間労働について着目して、「働くこと」と「生きること」に関して論じてみたい。

 本質的な問題は時間なのか?

「長時間労働=悪」という日本社会に疑問を呈したい。

 長時間労働=悪なのか?

 私は前職で、1日3時間睡眠でそれ以外は土日関係なく仕事、といった案件で仕事をしていたこともある。

 前職の名誉のために言うが、私は自ら望んで働いていたし、業界的にそういう可能性があるということを十二分に理解して外資系のコンサルファームに入社していた。

 フレックスタイム制で、プロフェッショナルを謳っている中、いつでも働きたい時に働けた環境(ぶっちゃけ、コンサルの場合考えたりすることも仕事の一部なので、プライベートでも考えたりするので、仕事とプライベートがあまりはっきりしておらず、いつ仕事をしているかが明確でなかったりする)であり、私は幸せだった。

 さらに、学生時代に起業したときなんかは、研究をしながらの起業だったので、メンバーの皆で寝る間も惜しんで仕事をしていた。結局何も成功することはできなかったが、それを嫌だと思うことはなかった。

 そして今も世間一般から見れば、長時間働いているというのは、事実である。

ただ、自分が作りたい目標がありそれに対してがむしゃらにやっている時に、自分の費やせる時間の全てをかけるのは、至極真っ当なのではないか。

 長時間労働という長さが問題ではないのでは、と思う。
では何が問題なのだろうか?

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